遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。
 



   ライブのための語りを聴いていただいた。その方は半端ないプロだから 心臓に剛毛が生えたわたしも いささか上がった。雪女とほうすけと....視点が明らかにわたしとは違っていた。こころの一点に焦点をしぼり自分がしだいに透明になってゆくことで聞き手に届かせるわたしとは...。

   たぶんエンターティーナーとしての語り...を示唆してくださったのだと思う。はだかの語りに衣装を着るすべを教えていただいたのだと思う。視点は自分のうちから彼方まで無限にあるのだった。ことにパーソナルストーリーにおいては その視点を自在に操るというか自然にそうなるように意識換えをしなくてはならない。そうしないと自分のうちに沈潜してしまうからだ。

   雪女などの場合はどうすればより明確により美しく届けられるかである。また ことばのプロとは書いても訳しても 韻を踏んでいるのだとも気づかせていただいた。テキストさえ手をつけられずじりじりと焦燥感に苛まれていた白い花..のことでも 的確な提案でできるかもしれないとこころが踊るまでになった。わたしは語りを芸術だと思ったことはないのです...というと あなたの語りは芸術ですよ わたしはそれに磨きをかけているだけです..と言ってくださった。励ましてくださったのだろうが わたしには身にあまることばだった。

   ふわふわと駅に向かって歩いた。昔 夏樹と出会った街 相変わらず猥雑な街 美しい男たち 美しくない男たちがたむろしている。むかしのように泳ぐようにはいかなくて足を引き摺って歩いた。30年前 わたしが自分の足で歩き出すきっかけとなった「ケルン」夏樹と一夜語り明かした「ケルン」がもうないことは知っていたが いつしか眼は求めて彷徨う。マクドナルドのあたりか串焼き屋のあたりだろうか。

   夏樹のことや浦和にまつわる話をいくつか語るのも これも縁なのだろうと思う。どこまでできるかわからないが 語りが芸術たるかいまだにわからないが聴いてくださ方々と語るわたしのあいだに花がさきますように・・・・ゆたかな時をともにできたらこんなうれしいことはない。




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