神道について思うとき いつもぶつかる壁がありました。古神道は物部までといわれますが、太古 日本に根付いていたもともとの神道...原始神道とはどんなものだったのか.....ということです。ヤマト朝廷のまえに日本には大きな勢力がありました。物部の始祖 ニギハヤヒ(アマテル クニテルヒコ アメノホアカリ クシタマニギハヤヒノミコト)も天(アマ.....海 アマ)から10種の神宝 (トクサノカンダカラ)とともに降臨されました。つまり元から日本におられた方=神ではありません。 この方はナガズネヒコとともにヤマト以前に統治していたようです。
日本書紀や古事記によれば その後 ナガスネヒコを殺し ヤマトに恭順します。(皇室の祭祀にはヤマトに献上した十種の神宝が深くからんでいるようです)欠史八代とはニギハヤヒ系の女性を天皇の妻に迎えていた時代らしく この間にニギハヤヒ王朝とヤマトはまじりあっているようです。ニギハヤヒからヤマトへの流れはなんとなくわかったが、ニギハヤヒ以前はどうだったか? スサノオは実在の人物か? ある程度統一が終わっていたのか.....ニギハヤヒ 物部以前 縄文の神道はどうだったのでしょう?
その問いに整理がつきました。あるサイトに書いてあったパワースポットのパワーの源はなにか? を転載します。
1 大地の力
2 太陽や月、天体の影響力
3 パワースポットに集まる人間の気
4 神(祀られているご祭神)の気
この考えを見てパズルがとけたような気がしました。太古の神社は大三輪山をはじめとして山そのものがご神体です。山や川 自然のエネルギーそのものが神でした。 それに2の太陽や月の力、宇宙の力が強く作用する場所がかかわってきます。3はともかくとして 4 神社にはかつて人間だったひとが神として祀られていること、それもうらみを飲んで死んだひとがご祭神として祀られていることが多いのだそうです。この4つのバランスがパワースポットの性格をつくるとサイトの運営者は書いています。
それはとても納得のいくものでした。パワースポットをめぐってみると、パワーの質が場所によって甚だしく違うのに驚かされます。たとえば出雲大社 拝殿(そのときは改修でご神体は拝殿にありました)からくるぎょっとするほど強いパワー、そして周辺の山々から感じるパワーはくらくらするほどでした。たとえば大甕神社.....大地のつよいエネルギーとともに重い怨念のようなものを感じました。.......パワースポットはただ行けばいいというようなものじゃないと思います。なぜかというなら その力はひとの潜在的なものに働きかけるからです。
原始神道とは自然の偉大な力への畏怖、そしてアニミズムにあるのですが それは日本人のこころのルーツとして いまもなお わたしたちのうちにあります。語るときはだしになることが多いのですが それは大地の力とつながりやすくなるためであり 語る前に祈るのは天とつながりやすくするため......。海や川......ことに茨城に二年前から通いはじめたのは自然の力そして縄文のパワーに惹かれたため。太陽や月に祈るのも自分のなかに眠る力を祈りによって覚醒させるため....。
無意識にしてきたことが語り部としても縄文人の末裔としても道理にかなっていたのだと気がつきました。縄文の力の強いところは出雲 諏訪 そして茨城なのだそうですが それはたいへん納得のいくものでした、出雲と諏訪は空や空気からして違います。もうすこし前に進めそうです。ちかくサイトの運営者のセミナーに参加してみようと思います。
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