①鎮魂というと一般的に霊を弔うための言葉と解釈されるが、本来はその逆で活力を与える・復活を促す・甦えらせる こと。古神道においては、鎮魂は今でも最も重視されている行法。
②存在そのものが生命。存在をその存在たらしめるのは魂魄。この魂魄を振り動かし、結びつけ、鎮め置く、そのものの存在を本来の姿に立ち戻らせる祈祷法こそ、「鎮魂」本来のあり方
③その狭義の一部分に霊を弔うことも含まれてはいるが大儀はあくまでも存在を存在たらしめることであり、より大きな存在へ導くもの。
④皇居においては 11.23の新嘗祭の前日に行われる? もともと 鎮魂祭と新嘗祭はセットではないか。
⑤鎮魂祭を古くから伝承し斎行している神社は奈良県石上神宮(物部の鎮魂法)・新潟県弥彦神社(中臣の鎮魂法)・島根県物部神社(物部・猿女の鎮魂法)の三社。
⑥石上神宮の鎮魂法は、饒速日命(にぎはやひのみこと神武天皇以前に日本を統一した)によって伝えられたとされ、饒速日命の十種の神宝(天璽瑞宝十種)を用いた。
⑦鎮魂祭の儀式「ミタマシズメ」は、身体から離れていこうとする不安定な霊魂を安定させるための儀式。
「ミタマフリ」は、身体の中府(ちゅうぶ)に鎮まった霊魂を、揺り動かして活性化させるための儀式。
※ 新嘗祭 農耕が盛んになってからは収穫を神に感謝する儀式に収斂されたが もともとは 日の御子である天皇の霊力が太陽から遠ざかる(冬至)ことで落ちるので その復活を願ったものではなかったか。ゆえに 鎮魂祭 とセットなのではないか。
さて 語りとは 弾鎮め 魂振り であるとこのブログ以前から書いてきた。すなわち 語りの本義は聴くひとの魂をことばのひびきで ゆらゆらと振動させ 甦らせ 生きなおしにつなげるものである。
もともと 語りの古いルーツが祭文や神語りであることを考えれば自明のことである。
ミタマフリ
ひふみよいむなやこと ふるべ ゆらゆらと ふるべ