http://www.mag2.com/p/news/347866
以下抜粋
そもそもトレハロースとはどんな食品添加物なのでしょうか。トレハロースとは、動植物の細胞内にも存在する天然の糖質です。トレハロースは甘みをつけるというよりも、その優れた保水性を利用して、品質保持のための保存料として使用されることが多いです。例えば、お米やケーキなどを冷蔵すると硬くパサつきますが、トレハロースを添加するとしっとりとした状態が保たれます。タンパク質を多く含む食品にも添加すると劣化を防ぐことができます。野菜の水分を保持して加熱時の鮮度を保持します。さらに脂質の変質も抑え、過酸化物質の発生も抑制するなど、食品添加物として非常に利用価値が高いことが知られています。しかも、トレハロースは摂取した時に血糖値をゆっくりと上昇させることから「体に良い糖質」とさえ思われていました。
トレハロースの原料はトウモロコシやじゃがいものデンプンですが、原料が遺伝子組換え作物である可能性を除いては「天然である」ということと、トレハロースそのものの毒性が低いことから、比較的安全な食品添加物と認識され使用されてきた背景があります。和菓子、洋菓子、冷凍食品、麺類・ごはん類、パン、肉や魚の加工品、清涼飲料など、様々な食品に使用されています。コンビニに置いてあるような食品には必ず使われています。皆さんも、身の回りの食品に「トレハロース」の文字がないか見てみてください。
日本の皆さんは、クロストリジウム・ディフィシルという細菌を聞いたことがありますか?2001~2006年にかけて、クロストリジウム・ディフィシル(以下「Cディフ」)という細菌による重篤な腸炎が、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ諸国で突如とし
て増加しました。Cディフは本来腸内に存在する菌ですが、免疫機能が低下した人では腸炎を起こして場合によっては重篤になることが知られていました。しかし、2001年から始まったようなアウトブレイク(大流行)になることは過去にありませんでした。
Cディフにもいくつか種類がありますが、どういう訳かRT027株とRT078株の感染者が突如と増えて重篤な状態に至っているのがここ近年の謎でした。現在では年間に約3万人もの死者を出すCディフは、抗生物質が効かない「スーパーバグ」かもしれないと考えられていました。実は僕のラボのお隣のラボでもCディフを研究しており、現在Cディフの研究は世界で非常に注目されています。そして今回のベイラー医科大学のグループによる研究によれば、Cディフはスーパーバグになった訳ではなく、人工甘味料のトレハロースが患者の増加に関連しているかもしれないという意外な結果が出たのです。
● Pathogens boosted by food additive
● Dietary trehalose enhances virulence of epidemic Clostridium difficile | Nature
● This food additive is hard to avoid and could make hospital superbugs more deadly – Home | Quirks & Quarks with Bob McDonald | CBC Radio
● Mysterious explosion of a deadly plague may come down to a sugar in ice cream | Ars Technica
研究グループは、RT027株とRT078株を詳細に調べました。すると、この二つの株は必要な栄養素として非常に低濃度のトレハロースを利用していることが分かりました。そこでこの2株のゲノム情報を解析してみると、低濃度のトレハロースを利用できるメカニズムがDNAレベルで明らかとなったのです。RT027株はトレハロースを代謝する回路のブレーキが効きにくい変異を起こしており、一方RT078株はトレハロースの代謝を促進する4つの遺伝子を獲得していたのでした。これらの変異により、通常のCディフは増殖しないような環境でも、この2株は低濃度のトレハロースを利用して増強され、高い病原性を示す可能性があるというメカニズムが分かったのです。
続いて、研究グループはマウスを用いて病原性を検証しました。RT027株の遺伝子を操作してトレハロースを代謝できないようにしました。すると、RT027株の病原性が低下して、感染したマウスの生存率も向上しました。一方で、マウスのエサにトレハロースを加えると、RT027株に感染した時に生存率が著しく低下したのでした。マウスの生存率が下がったのは、RT027株が増殖したというよりも、トレハロースを利用して毒性が高まったからであるということも示唆されました。RT078株に関しても、4つの遺伝子のうちPtsTという遺伝子がトレハロースの存在下でこの株の増殖を増強するということが分かりました。
さて、ここまででRT027株とRT078株がトレハロースを利用して病原性を高め、感染したマウスの生存率を低下させるということが分かりました。しかし、人間の腸内でも同じ状況が起きるのでしょうか?もちろん人間を感染させる実験などできませんから、研究グループは、ヒトの小腸内からサンプルを採取して、トレハロースの濃度を測定してみました。すると、RT027株が活性化するだけのトレハロースが検出されたのでした。
つまり、人間の腸内でもマウスの感染と似た状態が起きうることが示唆されました。
しかし何故、今頃?
2001年から突如としてアウトブレイクとなったCディフですが、RT027株が一番最初に患者から発見・単離されたのは1985年のことです。しかし、1985年から16年間、RT027株が致死性の腸炎を起こしたり、大流行したりということはありませんでした。何故16年もの月日を経て、突如としてアウトブレイクが起きたのかがこれまで謎でした。ここで、トレハロースの認可と食品添加物としての利用開始のタイミングが持ち上がります。
1995年までは、トレハロースは製造コストが非常に高い食品添加物でした。そのため、一部の化粧品や試薬にしか使われていませんでした。製造法の開発競争が続いていた中、1994年に岡山のデンプン糖化メーカーである「林原」が、安価に大量生産する方法の開発に成功し、生産コストがそれまでの100分の1にまで下がりました。それを受けてアメリカ食品医薬局(FDA)は2000年に、ヨーロッパでは2001年にトレハロースを「安全な食品添加物」として認可をしたのです。そしてこの直後に、世
界中でのCディフに感染した患者が急増しました。1985年にRT027株が最初に発見されてから2001年までの16年間には2件ほどしか流行の記録がありませんが、2001年から2012年の11年間にはざっと数えて世界中で30件もの流行が報告されています。このことから、研究グループはトレハロースが認可されて広く使用されるようになった背景がこれらのアウトブレイクに関与しているのではいかと示唆しています。
トレハロース今後の課題は?