ども。
疲れて酔っぱらいですが、とりあえずLean forward。できてるかな。
犬塚勉氏について、7月の「NHK新日曜美術館」の反響は凄かったようですな。おいらがブログで語りたくなったぐらいだから、彼の作品や生き方が、世のたくさんの人の琴線に触れたであろうことは、想像に難くない。
んで。梅野記念絵画館に問い合わせて、さっそく画集を買ったおいら(爆)。ミーハーです^-^
梅野記念絵画館は、長野県東御市八重原に所在。10月17日から11月15日は犬塚勉展やってます。
ご興味ある方は、ぜひ訪れられたし。
そうそう、で、タイトルの「再々放送」ですが、9月13日(日)9:00~と、9月20日(日)20:00~の2回、NHK教育テレビで再々放送だそうです。
おいら、もう一度見るつもり。
何でか、っていうと、、、液晶テレビのおかげ、なのかなぁ。。。
こっから先、ちょっと独断ですので、お気をつけて(さっぴいて)お読みください。
おいらが犬塚氏にはまった、というか、眼を奪われたのは、「新日曜美術館」で、液晶越しに見た彼の作品が、ものすごいオーラを放っていたからだ。
風景画は元々好きだけど、のめり込む画家は少ない。ましてや写実的で精密な絵画は、そんなに得意分野ではなかった。
なのに、犬塚氏の「梅雨の晴れ間」が画面いっぱいに映し出された瞬間、衝撃的なぐらいの感動を覚えた。他の作品にも、何とも言い難い存在感を感じて、魅了された。
画集の解説(犬塚氏の制作ノートと、犬塚を愛する人々の言葉)を読んで、感じた。あの感動は、あるべくして生まれたものなのだ、と。
様々な人が絶賛する「犬塚作品のオーラ」を、電波越しに、おいらも確かに感じた、と思った。そして、その印象は、犬塚氏自らが「梅雨の晴れ間」に寄せたコメントを見て、いっそう確かなものとなった。
彼は書いていたのだ。「絵の中で、大変なものを実現するかもしれない。人を描かずに人を描くことが出来るだろう。(中略)そこで、風景画が芸術、いや芸術以上のものになる。」。。。引用してしまったが、本当に、「そうなんだよ!そう思った!」と叫びたくなった。
「梅雨の晴れ間」を見て、実際、おいらは本気で胸高鳴ったのだから。(マジ)
それで、だ。今回画集を見て、ちょっと意外だったのだ。電波よりも印刷物の方が、再現能力は上だと思ったんだけどな。。。多分、それは、サイズの問題なのだろう。テレビ画面の大きさと、印刷画集の大きさ。
それで、何だか、脈絡無く思い出したのだ。
「PCで再生したときのコブクロの音楽聴いたときに感じる悔しさと、一緒だ(苦笑)」
もちろん、画集を買ったことは後悔してないし、ずっと我が家の宝になるだろう。
しかも、この画集、解説本がついてきて、それがものすごく充実している。犬塚歴?が浅い、にわかファンのおいらにとっては、とても読み応えがある。(はっきりいって、お買い得(^-^)である)
でも、おそらく、本物の感動を得るには、本物に会うしかないんだろうな。悔しいながらも、そう認めざるを得なかった。テレビの大画面だって(そんなに大きくもないけど)、きっと全てを伝え切れてはいないのだろう。
本物に会いたい。会いに行こう。梅野記念絵画館へ。
その気持ちは、Callingへの気持ちにも似ている、と気づいた。
会いに行きたい。ライブで聴きたい。コブクロの本当の音楽は、きっとそこにあるのだから。そんな気分。
ハイエンド・オーディオ持ってない自分としては、もう、それっきゃない感じの、トホホな気づきでした(苦笑)(アートの話のはずが、いつの間にかコブクロに、、、コブクロもアートだから、いいか(笑))
なんか、不穏な記事ですんません。基本、犬塚氏のすごさにはもう脱帽なので、両手を挙げてほめっぱなしです。
そんな中で、「そこにある真実」「そこに存在する感動」を正確に伝えることの難しさ。そんなことを感じました。
「新日曜美術館」と「梅野記念絵画館」で、犬塚勉を体験しませんか?
それでは、また^-^(おいら、販促担当か、、、違いマンネン(汗))
疲れて酔っぱらいですが、とりあえずLean forward。できてるかな。
犬塚勉氏について、7月の「NHK新日曜美術館」の反響は凄かったようですな。おいらがブログで語りたくなったぐらいだから、彼の作品や生き方が、世のたくさんの人の琴線に触れたであろうことは、想像に難くない。
んで。梅野記念絵画館に問い合わせて、さっそく画集を買ったおいら(爆)。ミーハーです^-^
梅野記念絵画館は、長野県東御市八重原に所在。10月17日から11月15日は犬塚勉展やってます。
ご興味ある方は、ぜひ訪れられたし。
そうそう、で、タイトルの「再々放送」ですが、9月13日(日)9:00~と、9月20日(日)20:00~の2回、NHK教育テレビで再々放送だそうです。
おいら、もう一度見るつもり。
何でか、っていうと、、、液晶テレビのおかげ、なのかなぁ。。。
こっから先、ちょっと独断ですので、お気をつけて(さっぴいて)お読みください。
おいらが犬塚氏にはまった、というか、眼を奪われたのは、「新日曜美術館」で、液晶越しに見た彼の作品が、ものすごいオーラを放っていたからだ。
風景画は元々好きだけど、のめり込む画家は少ない。ましてや写実的で精密な絵画は、そんなに得意分野ではなかった。
なのに、犬塚氏の「梅雨の晴れ間」が画面いっぱいに映し出された瞬間、衝撃的なぐらいの感動を覚えた。他の作品にも、何とも言い難い存在感を感じて、魅了された。
画集の解説(犬塚氏の制作ノートと、犬塚を愛する人々の言葉)を読んで、感じた。あの感動は、あるべくして生まれたものなのだ、と。
様々な人が絶賛する「犬塚作品のオーラ」を、電波越しに、おいらも確かに感じた、と思った。そして、その印象は、犬塚氏自らが「梅雨の晴れ間」に寄せたコメントを見て、いっそう確かなものとなった。
彼は書いていたのだ。「絵の中で、大変なものを実現するかもしれない。人を描かずに人を描くことが出来るだろう。(中略)そこで、風景画が芸術、いや芸術以上のものになる。」。。。引用してしまったが、本当に、「そうなんだよ!そう思った!」と叫びたくなった。
「梅雨の晴れ間」を見て、実際、おいらは本気で胸高鳴ったのだから。(マジ)
それで、だ。今回画集を見て、ちょっと意外だったのだ。電波よりも印刷物の方が、再現能力は上だと思ったんだけどな。。。多分、それは、サイズの問題なのだろう。テレビ画面の大きさと、印刷画集の大きさ。
それで、何だか、脈絡無く思い出したのだ。
「PCで再生したときのコブクロの音楽聴いたときに感じる悔しさと、一緒だ(苦笑)」
もちろん、画集を買ったことは後悔してないし、ずっと我が家の宝になるだろう。
しかも、この画集、解説本がついてきて、それがものすごく充実している。犬塚歴?が浅い、にわかファンのおいらにとっては、とても読み応えがある。(はっきりいって、お買い得(^-^)である)
でも、おそらく、本物の感動を得るには、本物に会うしかないんだろうな。悔しいながらも、そう認めざるを得なかった。テレビの大画面だって(そんなに大きくもないけど)、きっと全てを伝え切れてはいないのだろう。
本物に会いたい。会いに行こう。梅野記念絵画館へ。
その気持ちは、Callingへの気持ちにも似ている、と気づいた。
会いに行きたい。ライブで聴きたい。コブクロの本当の音楽は、きっとそこにあるのだから。そんな気分。
ハイエンド・オーディオ持ってない自分としては、もう、それっきゃない感じの、トホホな気づきでした(苦笑)(アートの話のはずが、いつの間にかコブクロに、、、コブクロもアートだから、いいか(笑))
なんか、不穏な記事ですんません。基本、犬塚氏のすごさにはもう脱帽なので、両手を挙げてほめっぱなしです。
そんな中で、「そこにある真実」「そこに存在する感動」を正確に伝えることの難しさ。そんなことを感じました。
「新日曜美術館」と「梅野記念絵画館」で、犬塚勉を体験しませんか?
それでは、また^-^(おいら、販促担当か、、、違いマンネン(汗))