今日の「休日のバッハ」は、カンタータ第99番(「神のみわざはすべて善きことなり」)から、第5曲のソプラノとアルトのアリアです。
この曲は、マタイ第6章25~34節のいわゆる「山上の垂訓」に基づきバッハが作曲をしました。この「山上の垂訓」では、”思い煩うな、神は空の鳥を養い、明日は炉に投げ入れられる野の花でさえ、美しく飾られる”と説き、教会に集まった会衆を「神の御業への絶対なる信頼」へと導きます。
この曲は、バッハがライプチッヒの聖トーマス教会のカントルに着任した翌年の1724年に作曲されました。この時期、バッハは週に1曲のペースでカンタータを作曲しており、カンタータ制作の最盛期と言えます。
この曲を聴くと、フルートとオーボエ、それにソプラノとアルトの歌声が4声のカノンを形作っておりますが、それにより、十字架を背負って酷い苦しみのなかを歩く様が描かれております。このような曲は、まさにカンタータでないと、この世界へと生まれ出ることがなかった、そのようなものだと痛感します。
キリスト教世界が、中世の人々に対して絶大な影響を与えていたことがよく理解できます。翻って、現代の悲劇を歌うような現代曲が、あの3.11以降に世界に生まれているでしょうか?
もう、今の人類はそのような強い意志を音楽に託するほどのエネルギーを有していないようにも思われます。
歌詞は以下のようになっております。(訳:バッハクライス神戸)
Wenn des Kreuzes Bitterkeiten
十字架の苦しみと
Mit des Fleisches Schwachheit streiten,
肉なる人の弱さが相見えるならば
Ist es dennoch wohlgetan.
それも御旨にかなうことなのです
Wer das Kreuz durch falschen Wahn
苦しみの十字架を
Sich vor unertraglich schatzet,
耐えがたいと思う者は
Wird auch kunftig nicht ergotzet.
そののち、喜びにあずかることはないでしょう
いつものように、ここをクリックして、ウィンドウズ・メディア・プレイヤーでお聴き下さい。期間限定の公開です。
この曲は、マタイ第6章25~34節のいわゆる「山上の垂訓」に基づきバッハが作曲をしました。この「山上の垂訓」では、”思い煩うな、神は空の鳥を養い、明日は炉に投げ入れられる野の花でさえ、美しく飾られる”と説き、教会に集まった会衆を「神の御業への絶対なる信頼」へと導きます。
この曲は、バッハがライプチッヒの聖トーマス教会のカントルに着任した翌年の1724年に作曲されました。この時期、バッハは週に1曲のペースでカンタータを作曲しており、カンタータ制作の最盛期と言えます。
この曲を聴くと、フルートとオーボエ、それにソプラノとアルトの歌声が4声のカノンを形作っておりますが、それにより、十字架を背負って酷い苦しみのなかを歩く様が描かれております。このような曲は、まさにカンタータでないと、この世界へと生まれ出ることがなかった、そのようなものだと痛感します。
キリスト教世界が、中世の人々に対して絶大な影響を与えていたことがよく理解できます。翻って、現代の悲劇を歌うような現代曲が、あの3.11以降に世界に生まれているでしょうか?
もう、今の人類はそのような強い意志を音楽に託するほどのエネルギーを有していないようにも思われます。
歌詞は以下のようになっております。(訳:バッハクライス神戸)
Wenn des Kreuzes Bitterkeiten
十字架の苦しみと
Mit des Fleisches Schwachheit streiten,
肉なる人の弱さが相見えるならば
Ist es dennoch wohlgetan.
それも御旨にかなうことなのです
Wer das Kreuz durch falschen Wahn
苦しみの十字架を
Sich vor unertraglich schatzet,
耐えがたいと思う者は
Wird auch kunftig nicht ergotzet.
そののち、喜びにあずかることはないでしょう
いつものように、ここをクリックして、ウィンドウズ・メディア・プレイヤーでお聴き下さい。期間限定の公開です。