「死なないなら大したことはない」原発ムラの棄民に疑問を投げかける報道ステーションの取材姿勢を見習え!文字起こし・その1
http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/8b724ad869f33a3e56872c38e4f78f36
のつづきです。
報道ステーション
3.11特集 「なぜ私が甲状腺がんに」文字起こし・その2
32分35秒~
ナレーション:
メンバー間の認識の違いが明らかになった、検討委員会の議論。
キーワードはチェルノブイリだ。
われわれは現地に向かった。
事故から30年。
5万人が避難し、廃墟となった町。
森の奥に見えるのが、チェルノブイリ原発だ。
爆発した4号炉は、崩れ落ちた核燃料ごと、コンクリートの塊、石棺に覆われた。
隣には、建設が進む巨大シェルター。
完成後スライドさせ、老朽化した石棺を丸ごと覆う計画だ。
30年前(1986年)、この場所から、大量の放射性物質がまき散らされた。
現在のウクライナとベラルーシ、そしてロシアの3か国で、35万人が強制避難。
事故当時、18歳以下の子供7,000人以上から、被曝が原因とみられる甲状腺がんが発生した。
我々がまず訪れたのは、原発からおよそ80キロ離れた、ウクライナ北部の町チェルニーヒウ。
地域の汚染度は比較的少ないとされ、避難区域にはならなかった。
一方で、事故当時に子供だった50人以上から、甲状腺がんが見つかっているという。
その一人、エカテリーナ・チュードワさん、30歳。
生後11ヶ月の時、原発事故が起きた。
エカテリーナさんの母:
具体的にどんな事故が起きたのかは、全く知りませんでした。
子供たちへの避難指示も出されなかったので、外で娘を遊ばせていました。
ナレーション:
事故直後の風向きなどから、得られたデータ。
事故の3日後に、放射性ヨウ素が、この地域に流れたことがわかる。
エカテリーナさんの甲状腺に、がんが見つかったのは、14歳の時だった。
エカテリーナさんの母:
信じられませんでした。
娘が死んでしまうのではないかと恐ろしかったし、甲状腺がんがどんな病気なのかも、わかりませんでした。
ナレーション:
原発事故の影響を受けるとは、夢にも思っていなかったエカテリーナさん一家。
エカテリーナさん:
年頃だったので、傷跡を見て同級生がどう思うか、とても気になりました。
今は目立ちませんが、当時は、傷跡がはっきりと見えていたからです。
ナレーション:
福島では、今のところ出ていない、事故当時0歳から5歳の甲状腺がん。
ここチェルニーヒウでは、発生している。
地元医師は、この年齢層の発症に、特徴があったと話す。
ワレンチーナ・ワーヌシュ氏(チェルニーヒウ市立診療所・内科部長):
すぐに発症したわけではありません。
12歳から14歳になって、初めて甲状腺がんが見つかったのです。
ナレーション:
5歳以下の子供たちの発症は、思春期に入ってから。
つまり、早くても、事故から7~8年経ってからだった。
ただ、なぜそうなったのかは、分かっていない。
われわれは、国境を超え、ベラルーシに入った。
2,500人を超える、子どもの甲状腺がんが発生した、ベラルーシ。
その研究拠点となっているのが、首都ミンスクにある、国立甲状腺がんセンターだ。
長年、甲状腺がんの研究を続けてきた、ユーリ・デミチク医師。
被曝線量と甲状腺がんの関係について、まずこう指摘した。
ユーリ・デミチク所長(ベラルーシ国立甲状腺がんセンター):
被曝線量が低くても、甲状腺がんが発生する可能性はあります。
これ以下なら大丈夫と言う値はありません。
ナレーション:
われわれは、福島県で行っている甲状腺検査の、一巡目二巡目の資料を見てもらった。
彼の表情が変わったのは、二巡目の検査結果を見たときだった。
デミチク所長:
一巡目の検査でがんが見つからなかった子どもたちから、二巡目の検査になってなぜ見つかったのか、腑に落ちません。
ナレーション:
デミチク氏は、福島で、一巡目の検査で目立った異常がなかった人から、わずか2年後にがんが見つかったケースについて、関心を持ったという。
デミチク所長:
検査ミスがあったのかもしれません。
あるいは、信じ難い事が、2年間で起きたのかもしれません。
甲状腺がんを知り尽くしている私でも、興味深いものです。
なぜ2年間で現れたのか…。
ナレーション:
ベラルーシの専門家が異変を感じた二巡目。
日本の専門家も違和感を抱いていた。
これまでに51人が、がん、またはがんの疑いとされている、福島甲状腺検査の二巡目。
福島県の検討委員会では、唯一の甲状腺がんの専門家、清水一雄医師が指摘する。
清水一雄・日本医科大学名誉教授(福島検討委委員):
二巡目で51人っていうのは、比較的多いですよね。
一巡目の検査の時に、「A1(異常なし)」が一番多いんですよ、その中でも。
なので、ちょっと少し気になるかな。
ナレーション:
清水氏は、二巡目で見つかった腫瘍の中に、30ミリほどまでに成長したものがあったことに注目した。
清水氏:
2年の間に、3センチまで大きくなっていくっていうことなんですね。
あまり考えにくいことなんですよ。
ナレーション:
20名の数はおかしい。
専門家ではなく、全く違う分野から、この異変を研究した学者がいる。
神戸大学大学院の、牧野淳一郎教授。
驚きの結果が出てきた。
少し難しいが、紹介したい。
一巡目、検査当時17歳以下で、10万人あたり18人という甲状腺がんの数を、イメージとして△にしてみる。
もし、放射線の影響がないとすると、2年後に行う二巡目検査でも、ほぼ同じ数の甲状腺がんが見つかるはずだ。
ただし、実際は、2つの三角形は、2年分ずれて重なっている。
この部分は、一巡目で見つかっているから、二巡目で見つかる甲状腺がんは、
牧野教授:
このピンクの部分っていうのが、そういう意味では、実際に先行検査(一巡目)があって、今回の本格検査(二巡目)で見つかるというふうに予想される数だ、ということになるわけですね。
ナレーション:
この二巡目で予想される、甲状腺がんの数。
牧野教授の計算では、10万人あたり7人となった。
ところが、2014年に実際に発生したのは、10万人あたり22人と、予想を大幅に上回る値になってしまった。
二巡目検査は今も続いているが、この時点でもこれだけ違う事は、誤差の範囲では説明できないという。
牧野教授:
被曝の影響も、考えの1つに入ってくるのではないか。
ナレーション:
今週月曜、検討委員会の星座長が、外国特派員協会で会見した。
質問:
今後も、甲状腺がんは増えるのか?
星座長座長:
放射線の影響があって増えていくのかという質問ならば、現時点では、私はそういう風には見ていません。
ただ、それを、頭から否定する気もありません。
ナレーション:
自分の身に何が起きたのか知りたい。
それは、甲状腺がん患者の、切実な問いかけだ。
直美さん:
どれぐらい被ばくしたのか、知りたいですね。
やっぱりそこを知って、本当に原発のせいなのかせいじゃないのか、みんながそう思っているので、
早く白黒はっきり、本当にどうなのかというのは、つけてもらいたい、とはすごく思っています。
スタジオ
古舘アナウンサー:
検討委員会が言っている、「考えにくい」因果関係はという、この、「考えにくい」という言葉っていうのは、非常に都合の良い言葉だなと、私は感じています。
むしろ逆だと思うんですね。
因果関係というものが、はっきりとはわからない、否定はできないと言っているわけですから、
わからないんだったら、因果関係があるんじゃないかという前提で、じっくり探っていくっていうプロセスが必要なんだと思うんですよね。
まずですね、ここで申し上げたいのは、甲状腺がんの摘出手術を受けた女性、インタビューに応じてくださいました。
そして、それとはまた別の、子供さんががんを抱えている親御さんにも、インタビューを受けていただきました。
勇気を振り絞って、いろんな声がある中で、問題提起ということで、取材に応じてくださったという事に、心から感謝をいたします。
そして、その前提でですけれども、やはりこれは、未曾有の原発事故が、福島で起きたわけですよね。
もちろん、チェルノブイリやスリーマイルとの程度の比較とか、いろいろありますが、
未曾有の事故が起きて、未曾有という事は、これまでになかったことですから、
なかったことっていうのは、詳しいデータの積み重ねがあるわけはないので、まだ端緒という言葉も学者の先生から出てきましたけど、
前例も基準もない、ということですよね。
はい。
ですから、やっぱり、まだデータが完璧ではない段階では、謙虚に気長に粘り強く、検査をしていき調査をしていき、研究をしていくっていう姿勢が、
例えば166人のご本人、及び、これからもしかしたら増えるかもしれない方、ご家族に、そういう誠意が伝わっていったときに、また違う境涯が生まれてくる可能性がある、と思うんですね。
境涯を変えることが、免疫を高めたり、いろんなことにもつながっていく可能性すらあるわけですから、
ここはひとつ、スタンスを一部、変えていただかなければ困るなと、強く考えております。
こちら、産経新聞の、今朝の一面に載っていた写真です。
宮城県女川町の漁港で、撮影されました。
女川町は、住民流出問題ですとか、いろんなことがまだありますけれども、
この写真からは、ものすごく前向きなエネルギーを、感じますよね。
鈴木美亜さん、17歳。
先ほど、ご本人に、この写真を使っていいですかとお願いしたところ、快く承諾してくださって、直筆のお名前と年齢を書いてくださいました。
東日本大震災から、今日で5年です。
死者1万5894人
行方不明者2561人
震災関連死3410人
計2万1865人
震災に関連する自殺者は164人
原発事故による避難者数 約7万400人
自主避難者数は不明
廣瀬直巳社長(東京電力):
5年の月日が経って、福島のことが徐々に風化していくのではないかという懸念が、いろいろなところで言われています。
東京電力にあって、福島の風化ということはありえないことだ、というふうに思っています。
天皇陛下・東日本大震災5周年追悼式:
私どもの関心の届かないところで、今だ人知れず苦しんでいる人も、多くいるのではないかと、心にかかります。
スタジオ
古舘アナウンサー:
忘れたくても忘れられないことを、被災地の方々が忘れたいって思うことは、ある意味とってもいいことだと思うんですね。
だけど、それは、忘れたいって被災地の方が思うことと、我々が忘れるってことは、全く違うことですね。
そこを問われているわけですね。
http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/8b724ad869f33a3e56872c38e4f78f36
のつづきです。
報道ステーション
3.11特集 「なぜ私が甲状腺がんに」文字起こし・その2
32分35秒~
ナレーション:
メンバー間の認識の違いが明らかになった、検討委員会の議論。
キーワードはチェルノブイリだ。
われわれは現地に向かった。
事故から30年。
5万人が避難し、廃墟となった町。
森の奥に見えるのが、チェルノブイリ原発だ。
爆発した4号炉は、崩れ落ちた核燃料ごと、コンクリートの塊、石棺に覆われた。
隣には、建設が進む巨大シェルター。
完成後スライドさせ、老朽化した石棺を丸ごと覆う計画だ。
30年前(1986年)、この場所から、大量の放射性物質がまき散らされた。
現在のウクライナとベラルーシ、そしてロシアの3か国で、35万人が強制避難。
事故当時、18歳以下の子供7,000人以上から、被曝が原因とみられる甲状腺がんが発生した。
我々がまず訪れたのは、原発からおよそ80キロ離れた、ウクライナ北部の町チェルニーヒウ。
地域の汚染度は比較的少ないとされ、避難区域にはならなかった。
一方で、事故当時に子供だった50人以上から、甲状腺がんが見つかっているという。
その一人、エカテリーナ・チュードワさん、30歳。
生後11ヶ月の時、原発事故が起きた。
エカテリーナさんの母:
具体的にどんな事故が起きたのかは、全く知りませんでした。
子供たちへの避難指示も出されなかったので、外で娘を遊ばせていました。
ナレーション:
事故直後の風向きなどから、得られたデータ。
事故の3日後に、放射性ヨウ素が、この地域に流れたことがわかる。
エカテリーナさんの甲状腺に、がんが見つかったのは、14歳の時だった。
エカテリーナさんの母:
信じられませんでした。
娘が死んでしまうのではないかと恐ろしかったし、甲状腺がんがどんな病気なのかも、わかりませんでした。
ナレーション:
原発事故の影響を受けるとは、夢にも思っていなかったエカテリーナさん一家。
エカテリーナさん:
年頃だったので、傷跡を見て同級生がどう思うか、とても気になりました。
今は目立ちませんが、当時は、傷跡がはっきりと見えていたからです。
ナレーション:
福島では、今のところ出ていない、事故当時0歳から5歳の甲状腺がん。
ここチェルニーヒウでは、発生している。
地元医師は、この年齢層の発症に、特徴があったと話す。
ワレンチーナ・ワーヌシュ氏(チェルニーヒウ市立診療所・内科部長):
すぐに発症したわけではありません。
12歳から14歳になって、初めて甲状腺がんが見つかったのです。
ナレーション:
5歳以下の子供たちの発症は、思春期に入ってから。
つまり、早くても、事故から7~8年経ってからだった。
ただ、なぜそうなったのかは、分かっていない。
われわれは、国境を超え、ベラルーシに入った。
2,500人を超える、子どもの甲状腺がんが発生した、ベラルーシ。
その研究拠点となっているのが、首都ミンスクにある、国立甲状腺がんセンターだ。
長年、甲状腺がんの研究を続けてきた、ユーリ・デミチク医師。
被曝線量と甲状腺がんの関係について、まずこう指摘した。
ユーリ・デミチク所長(ベラルーシ国立甲状腺がんセンター):
被曝線量が低くても、甲状腺がんが発生する可能性はあります。
これ以下なら大丈夫と言う値はありません。
ナレーション:
われわれは、福島県で行っている甲状腺検査の、一巡目二巡目の資料を見てもらった。
彼の表情が変わったのは、二巡目の検査結果を見たときだった。
デミチク所長:
一巡目の検査でがんが見つからなかった子どもたちから、二巡目の検査になってなぜ見つかったのか、腑に落ちません。
ナレーション:
デミチク氏は、福島で、一巡目の検査で目立った異常がなかった人から、わずか2年後にがんが見つかったケースについて、関心を持ったという。
デミチク所長:
検査ミスがあったのかもしれません。
あるいは、信じ難い事が、2年間で起きたのかもしれません。
甲状腺がんを知り尽くしている私でも、興味深いものです。
なぜ2年間で現れたのか…。
ナレーション:
ベラルーシの専門家が異変を感じた二巡目。
日本の専門家も違和感を抱いていた。
これまでに51人が、がん、またはがんの疑いとされている、福島甲状腺検査の二巡目。
福島県の検討委員会では、唯一の甲状腺がんの専門家、清水一雄医師が指摘する。
清水一雄・日本医科大学名誉教授(福島検討委委員):
二巡目で51人っていうのは、比較的多いですよね。
一巡目の検査の時に、「A1(異常なし)」が一番多いんですよ、その中でも。
なので、ちょっと少し気になるかな。
ナレーション:
清水氏は、二巡目で見つかった腫瘍の中に、30ミリほどまでに成長したものがあったことに注目した。
清水氏:
2年の間に、3センチまで大きくなっていくっていうことなんですね。
あまり考えにくいことなんですよ。
ナレーション:
20名の数はおかしい。
専門家ではなく、全く違う分野から、この異変を研究した学者がいる。
神戸大学大学院の、牧野淳一郎教授。
驚きの結果が出てきた。
少し難しいが、紹介したい。
一巡目、検査当時17歳以下で、10万人あたり18人という甲状腺がんの数を、イメージとして△にしてみる。
もし、放射線の影響がないとすると、2年後に行う二巡目検査でも、ほぼ同じ数の甲状腺がんが見つかるはずだ。
ただし、実際は、2つの三角形は、2年分ずれて重なっている。
この部分は、一巡目で見つかっているから、二巡目で見つかる甲状腺がんは、
牧野教授:
このピンクの部分っていうのが、そういう意味では、実際に先行検査(一巡目)があって、今回の本格検査(二巡目)で見つかるというふうに予想される数だ、ということになるわけですね。
ナレーション:
この二巡目で予想される、甲状腺がんの数。
牧野教授の計算では、10万人あたり7人となった。
ところが、2014年に実際に発生したのは、10万人あたり22人と、予想を大幅に上回る値になってしまった。
二巡目検査は今も続いているが、この時点でもこれだけ違う事は、誤差の範囲では説明できないという。
牧野教授:
被曝の影響も、考えの1つに入ってくるのではないか。
ナレーション:
今週月曜、検討委員会の星座長が、外国特派員協会で会見した。
質問:
今後も、甲状腺がんは増えるのか?
星座長座長:
放射線の影響があって増えていくのかという質問ならば、現時点では、私はそういう風には見ていません。
ただ、それを、頭から否定する気もありません。
ナレーション:
自分の身に何が起きたのか知りたい。
それは、甲状腺がん患者の、切実な問いかけだ。
直美さん:
どれぐらい被ばくしたのか、知りたいですね。
やっぱりそこを知って、本当に原発のせいなのかせいじゃないのか、みんながそう思っているので、
早く白黒はっきり、本当にどうなのかというのは、つけてもらいたい、とはすごく思っています。
スタジオ
古舘アナウンサー:
検討委員会が言っている、「考えにくい」因果関係はという、この、「考えにくい」という言葉っていうのは、非常に都合の良い言葉だなと、私は感じています。
むしろ逆だと思うんですね。
因果関係というものが、はっきりとはわからない、否定はできないと言っているわけですから、
わからないんだったら、因果関係があるんじゃないかという前提で、じっくり探っていくっていうプロセスが必要なんだと思うんですよね。
まずですね、ここで申し上げたいのは、甲状腺がんの摘出手術を受けた女性、インタビューに応じてくださいました。
そして、それとはまた別の、子供さんががんを抱えている親御さんにも、インタビューを受けていただきました。
勇気を振り絞って、いろんな声がある中で、問題提起ということで、取材に応じてくださったという事に、心から感謝をいたします。
そして、その前提でですけれども、やはりこれは、未曾有の原発事故が、福島で起きたわけですよね。
もちろん、チェルノブイリやスリーマイルとの程度の比較とか、いろいろありますが、
未曾有の事故が起きて、未曾有という事は、これまでになかったことですから、
なかったことっていうのは、詳しいデータの積み重ねがあるわけはないので、まだ端緒という言葉も学者の先生から出てきましたけど、
前例も基準もない、ということですよね。
はい。
ですから、やっぱり、まだデータが完璧ではない段階では、謙虚に気長に粘り強く、検査をしていき調査をしていき、研究をしていくっていう姿勢が、
例えば166人のご本人、及び、これからもしかしたら増えるかもしれない方、ご家族に、そういう誠意が伝わっていったときに、また違う境涯が生まれてくる可能性がある、と思うんですね。
境涯を変えることが、免疫を高めたり、いろんなことにもつながっていく可能性すらあるわけですから、
ここはひとつ、スタンスを一部、変えていただかなければ困るなと、強く考えております。
こちら、産経新聞の、今朝の一面に載っていた写真です。
宮城県女川町の漁港で、撮影されました。
女川町は、住民流出問題ですとか、いろんなことがまだありますけれども、
この写真からは、ものすごく前向きなエネルギーを、感じますよね。
鈴木美亜さん、17歳。
先ほど、ご本人に、この写真を使っていいですかとお願いしたところ、快く承諾してくださって、直筆のお名前と年齢を書いてくださいました。
東日本大震災から、今日で5年です。
死者1万5894人
行方不明者2561人
震災関連死3410人
計2万1865人
震災に関連する自殺者は164人
原発事故による避難者数 約7万400人
自主避難者数は不明
廣瀬直巳社長(東京電力):
5年の月日が経って、福島のことが徐々に風化していくのではないかという懸念が、いろいろなところで言われています。
東京電力にあって、福島の風化ということはありえないことだ、というふうに思っています。
天皇陛下・東日本大震災5周年追悼式:
私どもの関心の届かないところで、今だ人知れず苦しんでいる人も、多くいるのではないかと、心にかかります。
スタジオ
古舘アナウンサー:
忘れたくても忘れられないことを、被災地の方々が忘れたいって思うことは、ある意味とってもいいことだと思うんですね。
だけど、それは、忘れたいって被災地の方が思うことと、我々が忘れるってことは、全く違うことですね。
そこを問われているわけですね。