「茶の湯」が僧侶、大名と各地の豪商達だけで無く、一部の商人や町民など、一般庶民まで広がった結果、
多くの流派が発生し、現在でも茶道には多くの流派が存在しています。
1) 千利休以前の流派
① 村田珠光 :「奈良流(ならりゅう)、珠光流」。 室町中期の東山時代に創始されます。
② 武野紹鴎 :「 堺流(さかいりゅう)」。 堺の町を基盤として、室町末期に創始。
③ 能阿弥 : 「東山流(ひがしやまりゅう)」
④ 玉置一咄 : 瑞穂流(みずほりゅう)」等があったとされています。
尚、「珠光流」と「瑞穂流」は現存しています。
2) 利休と同時代の「茶の湯」
① 「利休流」: 武野紹鴎について珠光流を学び、侘びた茶事を基本とし、桃山時代に始ります。
② 薮内(やぶうち)流 : 安土桃山時代の茶人、藪内紹智 が武野紹鴎に師事した後創始します。
代々西本願寺の庇護を受け、書院点前の形で古流の姿を保っています。
③ 有楽(うらく)流: 織田信長の実弟織田有楽が開祖で、格式の高い武家茶道です。
3) 千利休の直弟子達の流派
利休の「茶の湯」は、武家を中心に発展していきました。 その為、「武家茶道」と呼ばれ流派が多く
生み出されます。 直弟子や利休七哲、古田織部など利休の流れをくむ者を創始者とする流派です。
① 細川三斎流 : 利休七哲の一人 室町末期に利休流より分派。
正統利休の茶の湯を守り、武家、大名の間に広めます。
)三斎流 : 細川三斎の高弟 の一尾伊織が、三斎の許しを得て興こした武家茶道です。
② 織部流 : 古田織部は利休七哲の一人で、桃山時代に武家茶道の確立に力を入れます。
織部家は断絶した為、一族の豊後中川藩の古田家に継承され、現在は主に九州地方に存続します。
) 遠州流 : 江戸初期の大名小堀遠州は、古田織部に茶の湯を学び、自身の創意を加えて
創始者と成ります。 「武家茶道」の代表的な流儀で、「大名茶道」とも呼ばれ、格式のある
茶道として今日まで受け継がれています。
③ 上田宗箇( うえだそうこ)流 : 利休に師事した後、織部の門下を経て、一派を創始します。
江戸初期の武家です。
④ 久田(ひさだ)流 : 利休の甥の久田宗栄 が開祖。 利休流茶道の分派で、表千家の縁戚関係の
茶の流派です。
4) 利休の子(道安)、孫(宗旦)の流派
① 千道安は本家の「堺千家(さかいせんけ)」を継ぎます。道安没後、以下の流派に分かれます。
) 宗和(そうわ)流 : 江戸初期に金森宗和が、織部流を元とし、道安流と遠州流を
加味して一派を創始しました。
) 石州(せきしゅう)流 : 大和小泉藩二代藩主 、片桐石州が千道安からその弟子桑山宗仙に
伝わった、利休流茶道を継承して、さらに独自の風格と作意を加えて創始します。
江戸時代を通して、最も広汎な広がりを持つ大名流の茶の流派で、以下の分派があります。
a) 藤林(ふじばやし)流 (石州流宗源派): 大和小泉藩家老の藤林宗源 が、 石州茶系
直系の茶風を伝えています。
b) 鎮信(ちんしん)流 : 肥前平戸藩主の松浦鎮信が、石州の高弟宗源に茶法の伝授を
受け、江戸初期に分派したものです。
c) 怡渓(いけい)派 : 臨済宗大徳寺派の僧 怡渓宗悦が、石州晩年に師事、石州没後は
宗源に伝授を受け、江戸麻布広尾に茶湯教授を始めます。著名な門人を多く輩出します。
d) 清水(しみず)派(清水流): 清水道閑は仙台藩茶道頭
祖父道閑と共に茶道頭を世襲し、主命により石州に伝授を受け、帰藩して分派を起こします。
e) 不昧(ふまい)流(不昧派): 松平不昧:出雲松江藩七代藩主の 松平不昧が開祖。
伊佐幸琢に石州流を伝授され、独自の茶風を加えて一派を創始します。
f) その他に、新石州流や古石州(こせきしゅう )流があります。
② 千宗旦の流派とその弟子の流派
) 宗旦(そうたん)流: 利休の孫の宗旦が、利休本来の「わび茶」を再興します。
江戸初期の創始です。 乞食宗旦の異名どおり、侘びに徹した「茶の湯」です。
) 宗徧(そうへん)流: 千宗旦の高弟 の山田宗徧が、千宗旦の利休正風の茶法を宗旦より
伝承し流派をお越します。
) 普斎(ふさい)流 : 千宗旦の門人の杉木普斎が、宗旦の古淡にして侘びた茶風を伝承し
開祖に成ります。
5) 千宗旦の子供達の三千家
以下次回に続きます。
多くの流派が発生し、現在でも茶道には多くの流派が存在しています。
1) 千利休以前の流派
① 村田珠光 :「奈良流(ならりゅう)、珠光流」。 室町中期の東山時代に創始されます。
② 武野紹鴎 :「 堺流(さかいりゅう)」。 堺の町を基盤として、室町末期に創始。
③ 能阿弥 : 「東山流(ひがしやまりゅう)」
④ 玉置一咄 : 瑞穂流(みずほりゅう)」等があったとされています。
尚、「珠光流」と「瑞穂流」は現存しています。
2) 利休と同時代の「茶の湯」
① 「利休流」: 武野紹鴎について珠光流を学び、侘びた茶事を基本とし、桃山時代に始ります。
② 薮内(やぶうち)流 : 安土桃山時代の茶人、藪内紹智 が武野紹鴎に師事した後創始します。
代々西本願寺の庇護を受け、書院点前の形で古流の姿を保っています。
③ 有楽(うらく)流: 織田信長の実弟織田有楽が開祖で、格式の高い武家茶道です。
3) 千利休の直弟子達の流派
利休の「茶の湯」は、武家を中心に発展していきました。 その為、「武家茶道」と呼ばれ流派が多く
生み出されます。 直弟子や利休七哲、古田織部など利休の流れをくむ者を創始者とする流派です。
① 細川三斎流 : 利休七哲の一人 室町末期に利休流より分派。
正統利休の茶の湯を守り、武家、大名の間に広めます。
)三斎流 : 細川三斎の高弟 の一尾伊織が、三斎の許しを得て興こした武家茶道です。
② 織部流 : 古田織部は利休七哲の一人で、桃山時代に武家茶道の確立に力を入れます。
織部家は断絶した為、一族の豊後中川藩の古田家に継承され、現在は主に九州地方に存続します。
) 遠州流 : 江戸初期の大名小堀遠州は、古田織部に茶の湯を学び、自身の創意を加えて
創始者と成ります。 「武家茶道」の代表的な流儀で、「大名茶道」とも呼ばれ、格式のある
茶道として今日まで受け継がれています。
③ 上田宗箇( うえだそうこ)流 : 利休に師事した後、織部の門下を経て、一派を創始します。
江戸初期の武家です。
④ 久田(ひさだ)流 : 利休の甥の久田宗栄 が開祖。 利休流茶道の分派で、表千家の縁戚関係の
茶の流派です。
4) 利休の子(道安)、孫(宗旦)の流派
① 千道安は本家の「堺千家(さかいせんけ)」を継ぎます。道安没後、以下の流派に分かれます。
) 宗和(そうわ)流 : 江戸初期に金森宗和が、織部流を元とし、道安流と遠州流を
加味して一派を創始しました。
) 石州(せきしゅう)流 : 大和小泉藩二代藩主 、片桐石州が千道安からその弟子桑山宗仙に
伝わった、利休流茶道を継承して、さらに独自の風格と作意を加えて創始します。
江戸時代を通して、最も広汎な広がりを持つ大名流の茶の流派で、以下の分派があります。
a) 藤林(ふじばやし)流 (石州流宗源派): 大和小泉藩家老の藤林宗源 が、 石州茶系
直系の茶風を伝えています。
b) 鎮信(ちんしん)流 : 肥前平戸藩主の松浦鎮信が、石州の高弟宗源に茶法の伝授を
受け、江戸初期に分派したものです。
c) 怡渓(いけい)派 : 臨済宗大徳寺派の僧 怡渓宗悦が、石州晩年に師事、石州没後は
宗源に伝授を受け、江戸麻布広尾に茶湯教授を始めます。著名な門人を多く輩出します。
d) 清水(しみず)派(清水流): 清水道閑は仙台藩茶道頭
祖父道閑と共に茶道頭を世襲し、主命により石州に伝授を受け、帰藩して分派を起こします。
e) 不昧(ふまい)流(不昧派): 松平不昧:出雲松江藩七代藩主の 松平不昧が開祖。
伊佐幸琢に石州流を伝授され、独自の茶風を加えて一派を創始します。
f) その他に、新石州流や古石州(こせきしゅう )流があります。
② 千宗旦の流派とその弟子の流派
) 宗旦(そうたん)流: 利休の孫の宗旦が、利休本来の「わび茶」を再興します。
江戸初期の創始です。 乞食宗旦の異名どおり、侘びに徹した「茶の湯」です。
) 宗徧(そうへん)流: 千宗旦の高弟 の山田宗徧が、千宗旦の利休正風の茶法を宗旦より
伝承し流派をお越します。
) 普斎(ふさい)流 : 千宗旦の門人の杉木普斎が、宗旦の古淡にして侘びた茶風を伝承し
開祖に成ります。
5) 千宗旦の子供達の三千家
以下次回に続きます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます