③ 次々に変化を遂げる、加守田章二の作品
) 「本焼土器」と名付けられた作品は、1967年頃から作られ始めます。
a) 素焼きした器の全面に、耐火度のある泥を塗り、更に石灰釉を掛けて高火度で焼成し
焼成後に表面の前記泥を剥がします。(衣を剥がすとも、表現しています。)
b) 素地に直接炎が当たらない為、柔らかくて光沢の無い、落ち着いた肌が出現します。
尚、本焼きをしている為、作品は強固に焼き締まっています。
c) 加守田章二は、高温焼成による光沢のある作品を好まず、あえて土器風の感じを出しています。
) 「本焼土器」の素地の表面に、装飾を加えた作品が、波状文の作品です。
これらの作品は、縄文土器をイメージさせるものを持っています。
) 波状文は更に、赤、白、緑や銀彩の色象嵌の手法に発展して行きます。
a) 波状文を素地から、彫り出すのでは無く、上絵の具や泥釉で描いたものです。
b) 波状文だけでなく、鱗(うろこ)状文、小さな斑点を打つ文様などの作品もあります。
「本焼土器」の様な、黒味がかる土肌から、華やかな色彩が器面を覆い、一段と雅た雰囲気の
ある作品になります。
c) ここでも上絵の具に泥を混ぜ、光沢が出るのを抑えています。
その為、多彩の色を使いながら、色が浮き上がらず、落ち着いた雰囲気の作品に成っています。
「扁筒彩陶壷」、「筒彩陶壷」、「彩陶長方皿」、「彩釉長方皿」」(いずれも1971年)
「彩色角扁壷」(1972年)などで、地塗りを施した器形に、朱茶色を基調にした絵の具や色化粧土で、
リズミカルな連続的波紋を、象嵌で表現しています。
これらの作品が、加守田章二の代表的な作品に成っています。
) 晩年には細かい線の象嵌や、器を大きく色分けした装飾作品を生み出しています。
「彩磁壷」(1980年 東京国立近代美術館蔵)、「壷」(1980年)等の作品があります。
デザインを研究し、従来の陶芸の概念を超え、どの作品も極めて完成度の高い一品であり、
且つ、独創的な技法や器形、彩色を広く展開した加守田は、曲線彫文、彩陶など新境地の作品を
次々と発表します。その作品は、多くの人を引き付けていましたが、早世が惜しまれます。
◎ 「陶芸を使って日本人の源を発掘する事が、私の仕事である。自分の外に無限の宇宙を見る様に、
自分の中に無限の宇宙がある。」と、加守田章二は語っています。
以下次回(松井康成)に続きます。
) 「本焼土器」と名付けられた作品は、1967年頃から作られ始めます。
a) 素焼きした器の全面に、耐火度のある泥を塗り、更に石灰釉を掛けて高火度で焼成し
焼成後に表面の前記泥を剥がします。(衣を剥がすとも、表現しています。)
b) 素地に直接炎が当たらない為、柔らかくて光沢の無い、落ち着いた肌が出現します。
尚、本焼きをしている為、作品は強固に焼き締まっています。
c) 加守田章二は、高温焼成による光沢のある作品を好まず、あえて土器風の感じを出しています。
) 「本焼土器」の素地の表面に、装飾を加えた作品が、波状文の作品です。
これらの作品は、縄文土器をイメージさせるものを持っています。
) 波状文は更に、赤、白、緑や銀彩の色象嵌の手法に発展して行きます。
a) 波状文を素地から、彫り出すのでは無く、上絵の具や泥釉で描いたものです。
b) 波状文だけでなく、鱗(うろこ)状文、小さな斑点を打つ文様などの作品もあります。
「本焼土器」の様な、黒味がかる土肌から、華やかな色彩が器面を覆い、一段と雅た雰囲気の
ある作品になります。
c) ここでも上絵の具に泥を混ぜ、光沢が出るのを抑えています。
その為、多彩の色を使いながら、色が浮き上がらず、落ち着いた雰囲気の作品に成っています。
「扁筒彩陶壷」、「筒彩陶壷」、「彩陶長方皿」、「彩釉長方皿」」(いずれも1971年)
「彩色角扁壷」(1972年)などで、地塗りを施した器形に、朱茶色を基調にした絵の具や色化粧土で、
リズミカルな連続的波紋を、象嵌で表現しています。
これらの作品が、加守田章二の代表的な作品に成っています。
) 晩年には細かい線の象嵌や、器を大きく色分けした装飾作品を生み出しています。
「彩磁壷」(1980年 東京国立近代美術館蔵)、「壷」(1980年)等の作品があります。
デザインを研究し、従来の陶芸の概念を超え、どの作品も極めて完成度の高い一品であり、
且つ、独創的な技法や器形、彩色を広く展開した加守田は、曲線彫文、彩陶など新境地の作品を
次々と発表します。その作品は、多くの人を引き付けていましたが、早世が惜しまれます。
◎ 「陶芸を使って日本人の源を発掘する事が、私の仕事である。自分の外に無限の宇宙を見る様に、
自分の中に無限の宇宙がある。」と、加守田章二は語っています。
以下次回(松井康成)に続きます。