釉裏金彩の陶芸家として知られる小野珀子氏は、1980年からの10年間に、この技法による大作を
発表し続けます。
1) 小野 珀子(おの はくこ): 1925年(大正14)~1996年(平成8) 享年71歳
① 経歴
) 愛知県名古屋市鍋屋上野町で、名古屋製陶所の技師である小野信吾(小野琥山)の長女
として生まれます。
1931年 父が福島県会津本郷に、琥山製陶所を設立する為、一家は会津本郷に移り住みます。
(尚1939年には、琥山製陶所を佐賀県嬉野市に移転します。)
1943年 会津若松高等女学校を卒業し、家業を手伝う様になります。
1948年 東京の大串家に嫁ぎ、二児(長男太郎、次男次郎)の母と成りますが、1960年離婚し
実家である佐賀県嬉野市に戻ります。ここで、花瓶のデザインや額皿、陶板などの絵付けを
担当する様に成ります。
) 1969年 日本工芸会西部支部展で「釉裏金彩紫陽花文青釉水指」が初入選を果たします。
1970年 第十七回日本伝統工芸展で「釉裏金彩黄釉花入」で初入選します。
以後十八回~二十一回連続入選しています。いずれも「釉裏金彩」の作品です。
1971年 日本工芸会西部支部展で、「釉裏金彩黄釉瓶」が朝日金賞を受賞し、東京国立近代
美術館お買い上げになります。
同年 東京南青山のグリーンギャラリーで初の個展を開きます。
1975年 オーストラリア・ニュージーランド巡回、近代日本陶芸展を始め、インド、北アメリカ等
海外でも作品を発表しています。
② 小野珀子の「釉裏金彩」
) 彼女が釉裏金彩という技法に取組むきっかけは、1964年、珀子49歳の時に加藤土師萌の
作品に出会った事からだと言われています。
加藤土師萌(はじめ=色絵磁器で無形文化財保持者)氏は、前回お話した竹田有恒が1961年の
日本伝統工芸展に出品予定の作品が破損した際に、この作品の技法に感銘を受けた審査員の
一人で、修理後入選させた張本人とされています。
加藤氏はこの新技法に挑戦し、翌年の日本伝統工芸展に「釉裏金彩」の名前で発表します。
1964年 現代国際陶芸手展(国立近代美術館、朝日新聞社主催)で「釉裏金彩」が展示され、
九州久留米市の石橋美術館にも巡回展示されます。小野氏が出会ったのは、この時の様です。
) 竹田氏と加藤氏の「釉裏金彩」の方法は、ほぼ同じものです。若干の違いは、竹田氏が金箔による
文様を重視したのに対し、加藤氏は金箔とその上に掛かる釉の一体感を重視しているのでは
ないかと言われています。
) 小野氏は、金襴手の作品をすでに手掛けており、金(金液、金泥)を使う事には慣れていて、
金箔を取り扱う事にも、抵抗感が無かったと思われますが、一人で挑戦して行きます。
a) 小野氏の「釉裏金彩」の特徴は、竹田氏が陶土を使用したのに対し、磁土を使った事です。
磁胎である為、釉の発色が格段に鮮やかになります。金箔部分は釉の重なり具合や、
色釉の変化によって、微妙な色調となり雰囲気も大きく変える事も出来ます。
b) 例えば黄釉を使用すると、金箔の豪華さが引き出せます。
(黄釉は、ルチール・酸化亜鉛・上絵白釉の混合でフリットを作り、同量のソーダー釉に混ぜて
調合するそうです。)
青釉を使うと、華やかで落ち着いた作品に成ります。金箔と重なると、青緑色に発色します。
(青釉は、アンチモン・酸化コバルト・上絵白釉のフリットに、同量のソーダー釉を調合する
そうです。)
一般には透明系の釉を使うそうで、やや厚めに掛けた方が良い結果が出る様です。
c) 小野氏の「釉裏金彩」の方法
イ) 高台内以外は、施釉せずに高温で本焼きし、焼締します。
ロ) 作品全体に漆を塗り、模様に切った金箔を貼ります。
金箔の厚さの調整(薄い金箔は縮を起こすそうで、特注品の金箔を使用)や、漆の乾き具合
など注意が必要との事です。 尚、プラチナ箔を焼き付ける場合もあります。
ハ) この状態で、820~30℃程度の温度で金箔を焼付けます。(漆は焼けてなくなります。)
ニ) 更に低火度の釉(上記黄釉や青釉など)を全体に掛け、同程度の温度で焼成します。
失敗としては、温度管理が難しいようで、焼成中に金箔が動いてしまったり、釉の熔け具合
(流れ易い、熔け不足など)によって、多くの失敗を繰り返し、完成までに4~5年掛かった様です。
・ 注: 小野氏はご自分の開発した技術を公開しています。それによると
) 素地は磁胎で、約1300℃位で高台内以外は無釉で本焼します。
) 漆は中国産の本黒漆を使用し、全体に塗り、金箔を貼り付けます。
) 漆の乾燥には、夏場で1週間程度、冬場で約1ヶ月程度掛かります。
乾燥具合は、指先で押して確認するそうです。
) 金箔は京都の「堀金」に特注し、厚みは一匁(もんめ)で、12枚が良いそうです。
) 金箔を焼き付ける為に、820℃程度で約8時間焼成します。
) 釉を掛けて焼成します。釉の調合は上記bを参照して下さい。
焼成条件は、上記と同程度の温度で、24~25時間も掛けて焼くそうです。
但し600℃位までは、通常の3倍程度の時間を掛け、ゆっくり昇温する事が、肝要との事です。
③ 小野氏の作品
以下次回に続きます。