愛知の史跡めぐり

愛知県の史跡を巡り、その記録を掲載します。

深坂古道 福井県敦賀市・滋賀県長浜市(2)

2014年06月08日 17時04分15秒 | 福井県
深坂古道へ
 さっそく深坂古道に入りました。


深坂古道について説明を聞く城の会の人たち


案内板に上手にまとめてありました。

深坂古道とは、古代の近江、越前を結ぶ最短距離であること、
ここを歌人の笠金村、紫式部等が通ったこと、
平重盛がここに運河を作ろうとしたこと、
近世に入り新道ができて、衰退してきたこと


が書かれていました。

深坂問屋跡
 しばらく行くと、右側に石垣がありました。「深坂問屋跡」だそうです。案内板によれば、越前敦賀から馬で峠を越えた荷物は、ここで別の業者に積みかえられるそうです。国がちがうので、取り扱う業者も変えられるのでしょうか。ここから、近江国の塩津まで運ばれるそうです。
 石垣だけ見ていると、まるでお城のようにも見えます。


石垣の跡が残る問屋跡

深坂古道

堀止め地蔵
 さらに登っていくと、「堀止め地蔵」がありました。どうして「堀止め地蔵」と呼ばれているかといえば、
 むかし越前の国主であった平重盛が琵琶湖と日本海を結ぶために運河を計画し、このあたりを掘ったのだが、掘ろうとした職人が突然腹痛を起こし、どうしたのかとその地を掘り起こしたところ、大きな地蔵が出てきたそうです。それで、この運河の工事は中断され、この地蔵を「掘止め地蔵」と呼ぶそうです。道中の人が安全を祈願して塩をかけたので、「塩かけ地蔵」とも呼ばれるそうです。


「堀止め地蔵」を安置するお堂
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深坂古道 福井県敦賀市・滋賀県長浜市(1)

2014年06月07日 08時13分09秒 | 福井県
若越城の会 見学会
 先月5月18日「若越城の会」の見学会に行きました。今回は、滋賀県(近江国)と福井県(越前国)の県境にある「深坂古道」と呼ばれる古代の道と、そこにある疋壇(ひきだ)城です。


深坂古道の位置


見学で歩いたコース

深坂古道とは
 初めに深坂古道です。深坂古道とは古代(奈良・平安時代)に使われていた道のことです。この道を通って、年貢が運ばれたり、国司などの貴族や一般の人々が行き来をしたそうです。

国境の民芸茶屋「孫兵衛」
 集合地「孫兵衛」で昼食を取りました。「孫兵衛」は、もともとは問屋でしたが、松尾芭蕉の「奥の細道」の素竜本が残っているなど、芭蕉とゆかりが深いそうです。

「孫兵衛」の前の道は深坂古道ではありません。江戸時代初期に作られた新道沿いにあります。


民芸茶屋「孫兵衛」

すぐに県境
 この「孫兵衛」を出るとすぐに福井県と滋賀県の県境になっていました。滋賀県は長浜市です。これも驚きでした。長浜といえば、長浜城、滋賀県の北の方ではありましたが、福井県との県境まで長浜市とは知りませんでした。平成の大合併でこうなったのでしょうか。
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