暖かな一日だった。庭で鉢に水をやったり、雑草を抜いたりしていると、汗ばんでくるほどだった。チュリップもすっかり芽が出てきて、水を欲しがっている様子だった。パンジーも根元に新しい葉がたくさんでき、寒さに耐えてきたエネルギーがこれからいっきに伸びてきそうだ。
昨日姉を迎えに行く途中で、川の堤や畦道で、子どもたちや親子連れが土筆とりをしている光景を見た。例年なら、3月の中旬頃にぞっとする寒さがやってくるのに、今年はこのまま春爛漫を迎えそうな具合だ。寒いよりは暖かい方がよいのだろうが、こんなに暖かくなると寒さも少し恋しい気がする。
孫娘が学校から帰るなり、大変なご機嫌だ。生徒会の役員選挙に立候補し、金曜日の投票の結果、当選したというのだ。私の孫娘とは思えないくらい彼女はよく努力する。先生から立候補してはどうかと言われ、「自分がこれがしたいというものがなければ、立候補しても仕方ないでしょう」と考えた末、「学年を超えた生徒の交流を行うことを考えるわ」と、立候補を決めた。
それから、立会演説の原稿を書き、例の調子で午前零時に寝て、午前4時には起床し、ポスターを作り、宿題をやり、学校へ出かけたという。演説の原稿はよく書けていると思ったが、やはり「先生から『具体性が欲しい』といわれたけど、どうしよう?」と相談してくる。何度も手直しをして自分でも納得のいくものができたようだ。それでも、「本番ではトチッテしまった」とべそをかく。
野心だけは一人前に持っていても、努力もせずにそうならないかと望む私のような怠け者と違い、孫娘は母親の「努力すれば必ず結果がついてくる」と呪文をかけられ、ひたすら努力する姿には感心する。我が家に女王蜂の血を持った働き蜂が新しく生まれたような思いだ。孫娘の母親も学生時代と大違いで、なにやら全国で何人しかないという資格に挑戦している。それが孫娘には大きな刺激となっていることは確かだ。
「水を得た魚」というけれど、自分が生かされている場所では人は何倍もの力を発揮するようだ。そういう巡り合わせというか、きっとそれは、自分は運がないと嘆いてばかりいる人には見えないから、当然出会わないともいえるが、そういう意味ではやる気のある人には、やる気が発揮できる場所が生まれるものだと思う。
出会いがよければ、人はどんどん充実していく。ただし、出会いは待っていたのではやってこない。金美齢さんが言うように、チャンスはつかもうとしなければつかめないのである。年老いた私としてはこんな評論しかできない。
昨日姉を迎えに行く途中で、川の堤や畦道で、子どもたちや親子連れが土筆とりをしている光景を見た。例年なら、3月の中旬頃にぞっとする寒さがやってくるのに、今年はこのまま春爛漫を迎えそうな具合だ。寒いよりは暖かい方がよいのだろうが、こんなに暖かくなると寒さも少し恋しい気がする。
孫娘が学校から帰るなり、大変なご機嫌だ。生徒会の役員選挙に立候補し、金曜日の投票の結果、当選したというのだ。私の孫娘とは思えないくらい彼女はよく努力する。先生から立候補してはどうかと言われ、「自分がこれがしたいというものがなければ、立候補しても仕方ないでしょう」と考えた末、「学年を超えた生徒の交流を行うことを考えるわ」と、立候補を決めた。
それから、立会演説の原稿を書き、例の調子で午前零時に寝て、午前4時には起床し、ポスターを作り、宿題をやり、学校へ出かけたという。演説の原稿はよく書けていると思ったが、やはり「先生から『具体性が欲しい』といわれたけど、どうしよう?」と相談してくる。何度も手直しをして自分でも納得のいくものができたようだ。それでも、「本番ではトチッテしまった」とべそをかく。
野心だけは一人前に持っていても、努力もせずにそうならないかと望む私のような怠け者と違い、孫娘は母親の「努力すれば必ず結果がついてくる」と呪文をかけられ、ひたすら努力する姿には感心する。我が家に女王蜂の血を持った働き蜂が新しく生まれたような思いだ。孫娘の母親も学生時代と大違いで、なにやら全国で何人しかないという資格に挑戦している。それが孫娘には大きな刺激となっていることは確かだ。
「水を得た魚」というけれど、自分が生かされている場所では人は何倍もの力を発揮するようだ。そういう巡り合わせというか、きっとそれは、自分は運がないと嘆いてばかりいる人には見えないから、当然出会わないともいえるが、そういう意味ではやる気のある人には、やる気が発揮できる場所が生まれるものだと思う。
出会いがよければ、人はどんどん充実していく。ただし、出会いは待っていたのではやってこない。金美齢さんが言うように、チャンスはつかもうとしなければつかめないのである。年老いた私としてはこんな評論しかできない。