友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

ベトナムの旅その3

2018年06月28日 18時18分06秒 | Weblog

  ハノイの空港からフエに飛び、あこがれの古都を見て回った後、ホイアンにバスで移動した。ホイアン旧市街は世界遺産だけあって、外国人はもとよりベトナムの高校生や大学生らしき人々も多かった。皆さんは茶屋で休むと言うので、私はひとりでぶらぶらと歩いた。おかげで女子高生の6人と出会い、カメラを向けて「Piture OK?」と言うと、揃ってポーズをとってくれた。「カムオン(ありがとう)」と言って去ろうとすると、手招きされて一緒に写真を撮ってくれた。

 ベトナム人は背丈も顔立ちも日本人と変わらない。明るくって人懐っこい。私はベトナム人は南の人なので、焼けた肌の人が多いとばかり思っていたが、女性たちの中にはビックリするほど色白の人がいる。肌も艶やかで美しい。ベトナムには倭寇が駐留し、日本人町を作っていた過去があるから、結構日本人の血が受け継がれているのかも知れない。ガイドさんが「フエは美人が多い。ホーチミンはアメリカ人との混血も多いから、目が大きく鼻が高い人もいる」と教えてくれた。

 フエの南のホイアンでホテル2連泊だった。フエとホイアンの間にはリゾート地となったダナンがある。美しい海岸が長く続いていて、外国人もいたがベトナム人も多くいて、彼らは家族でバイクにまたがり泳ぎに来ていた。昼間よりも夜を楽しむのかも知れないと思うほど、海岸線にはバイクがずらりと並んでいた。私の記憶では、ベトナム戦争の時にアメリカ軍が総攻撃を加え、ダナンに空軍基地を造ったはずだが、バスの中から見る限りではそんな痕跡は分からなかった。

 ベトナム戦争でアメリカ軍は無差別な空爆を行い、田畑やジャングルに枯葉剤まで撒いた。そのため今も障害のある子どもたちが大勢いる。私はふたりの男性ガイドに、「アメリカに恨みはないのか?」と聞いてみた。アメリカをどう思っているのか、どうしてもこの旅行で知りたいことだった。ふたりとも戦争が終結した後で生まれたこともあり、「特にありません」と答えた。日本人もアメリカ軍に大量に殺され、原爆まで落とされたが、反米感情はまるきっりない。

 寛容なのか、忘れっぽいのか、諦観が強いのか、仏教の影響なのか、民族性なのかと考えさせられた。過去のことより、先に目がいっている、それは確かだろう。

 

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