友々素敵

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電通「鬼10訓」と「裏10訓」

2016年11月18日 17時29分17秒 | Weblog

 電通に勤めていた友だちから「鬼10則」をもらったことがある。私が地域新聞を始めた頃だと思う。「1.仕事は自ら創るべきで、与えられるべきものではない」から、「10.摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる」までの10カ条だ。地域新聞の発行は右も左も知らない土地で、頼れる人はひとりもいない、賭けだった。

 たまたま大学の後輩にこの土地の寺の娘さんがいたので、前の町長に引き合わせてもらい、その人の指示で隣の町の元町長の家を訪ね、新聞発行の計画を話した。どういう訳か私のことを気に入ってくれて、「発起人になりましょう。広告も出してあげる」と言ってくれた。実際、新聞発行の段階で息子さんである社長に会いに行くと、「そんな広告は出せない」と言われてしまった。

 新聞は記事と広告で成り立っている。割り付けは高校時代からやって来たから、どういう配置が見栄えがいいか、読者を引き付けるか、自信があった。記事を書くことも新聞記者になりたくて入社試験を受けたくらい自信があった。記事も割り付けも大新聞に負けない自信があった。問題は広告集めだ。「新聞の広告?知らない」と言われる。まだ発行されていないのだから当然である。認知されるまで、毎日毎日、企業や店を歩いて回った。

 「5.取り組んだら放すな、殺されても放すな」は当然だった。「2.仕事とは先手先手と働きかけていくことで、受け身でやるものではない」、「9.頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならない」と気が張っていた。それでも「この号で最後か」と何度も思った。その度に誰かに助けられた。だから恩返しをしなくてはとの思いが仕事に駆り立ててくれた。

 電通の若い女性社員が自殺した。右肩上がりの時代を生きてきた人は「頑張れば報われる。ダメなのは頑張りが足らないからだ」と決めつけてしまう。私が新聞作りをしていた時と今は大きく違う。電通には「裏10訓」もあるという。「仕事は自ら創るな」「大きな仕事と取り組むな」「難しい仕事を狙うな」「摩擦を怖れよ」と正反対な訓示だ。誰か彼女にこれを教えてあげていたら、もう少し気を楽にして働けただろうに。


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