長女の上の娘が息子を連れ、ジジババの見守りを兼ねて遊びに来た。孫娘夫婦が建てている家の進捗状況や、その他にも話したいことをいっぱい喋るが、ジジババは曾孫がニッコリ笑うだけで充分満足している。子どもの成長は早く、歩くのが上手になったし、大人の会話が理解できるような素振りも見せる。
孫娘は3月に職場復帰すると言う。やる気満々だったのに、配置が母親と同じ職種の部署なのがとてもプレッシャーだと言う。病院は違うし、会うこともないだろうから、そんなに緊張することは無いのにと思うが、母親の「プロの働き」を見ていると「私に出来るかしら」と思えるようだ。
「大丈夫。あなたもママの血を受けているのだから、ママ以上にやれるよ」と励ます。早出があったり、夜勤があったり、休日出勤があったりで、ママに甘えることが出来なかったから、「看護師はイヤ」と言っていたのに、ママの働く姿を見て気持ちが変わり、後ろを追っている。
それにしても、曾孫が成人する頃はどんな社会になっているのだろう。昔は、看護や介護、保育などは「女の仕事」と見られてきた。主婦なら無償労働で「やって当たり前」と押し付けられた。家事労働を賃金計算し、支払うべきという主張と共に、男女平等の視点から家事労働を見直す雰囲気が生まれたのはつい最近だ。
上野千鶴子さんが言っていた。「人は弱者で生まれ、弱者で死を迎える」。人の助けが無くては赤子は大きくなれないし、動けなくなった高齢者も人の手が必要だ。弱者が住みやすい社会こそが人間が目指す社会なのだろう。みんなが安心して生きられるように、曾孫よ、頼むぞ。
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