穏やかに晴れた青い空、市の小学校の卒業式が行われた。最後に、校庭で在校生の5年生が持つ花のアーチを通り、父兄らが待つ中を嬉しそうに行進していく。男女ともに着物姿の卒業生がいる。随分、派手になったと感じるのは年寄りだからか。
私は卒業式にあまり感激が無かった。「蛍の光」も「仰げば尊し」も思えば儀式にぴったりの音調だったのに、歌詞の意味まで考えずに歌っていた。中学校の卒業式は、担任がカメラ好きだったから、校門を入った築山の前での写真が何枚か残っている。
高校の卒業式は大学へ進めるか否かの最中だった。2年生の時、生徒会長だったので送辞を読んだが、私の送辞の原稿を父が巻紙に清書してくれた。先生に「達筆だね」と褒められ、「父が書いてくれました」と正直に答えたことが記憶に残っている。
大学の卒業式はどうしてなのか、すっかり忘れてしまっていた。単位は取れていたし、卒業できる状態だったのに、なぜか忘れていた。みんなは赴任校が決まっていったが、私には何の連絡も無く、アルバイト先の子ども絵画教室へ出かけていた。
多分、春分の日の前後のギリギリに、教育委員会から何日の何時に愛知工業高校へ行くようにと連絡があった。高校へ行って校長に、「私の赴任校はどこですか?」と頓珍漢な質問をしてしまった。
卒業生を送る側になって、むしろ感慨が深まった。1年生の初々しい幼さは全く見当たらない。堂々とした生徒たちを前に、自分は役目を果たせたのだろうかと思った。巣立っていく生徒たちが眩しかった。卒業式が終われば、もう、私と同じ社会の人なのだ。
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