辺野古移設を巡る沖縄県の県民投票が、24日に行われた。結果は、移設反対が43万4273票、移設賛成が11万4933票、どちらでもないが5万2682票であった。移設反対を主張して知事に当選した玉城知事の得票を反対は3万7641票も上回った。結果ばかりが注目されいるが、私は投票率が気になった。52.48%とあった。
誰でも戦争はイヤと言う。軍事基地は近くにない方がいいと言う。ましてや他国の高性能の軍事基地が傍にあるのはイヤと言う。けれど、移設に賛成の人が11万人もいる。米軍基地で働いている人や基地の恩恵を受けている人もいるから、反対ばかりではないと思うが、こんなにも多くの人が現実的な判断をしているのかとビックリした。
どちらでもないと投票した人は、どういう考えなのだろう。〇か☓かと問われているのに、どちらでもないと答えるのはどうしてなのかと思う。子どもの頃から、自分の意思は示さない、そんな生き方をしてきたのだろうか。「あなた、明日、戦地に行ってもらえますか?」と言われても、「どちらでも」と答えてしまうのだろうか。
いつも他人事のように、自分の意思を示さない人は確かにいる。それでもこの人たちは投票場には足を運んだ。それよりも、県民として意思表示ができるのに、投票しなかった47.52%の人々はなぜ棄権してしまったのだろう。投票しても、辺野古への移設は国の方針だから変わるはずがないと考えてのことだとしても意思を示すことは大事だった。
国民は主権者で、国の在り方は国民一人ひとりの1票で決まる。そう教えられてきた。ところが、投票に行かない人が半数近くもいる。それでも、この人たちもまた、戦争はイヤと言うだろう。戦争はイヤと言うなら、どうすればこの世界から戦争を無くせるかと考えていくべきなのに、いつも発想が逆で、攻めてきたらどうするとばかり問題にしている。
天皇陛下の在位30年式典でのお言葉に誠実さを感じた。1票の権利も認められていないのに。
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