『怒らないこと』(アルボムッレ・スマナサーラ著、サンガ新書)を読む。
最初期の仏教であるテーラワーダ仏教の長老(スリランカ人)が、「決して怒ってはいけない」というブッダの教えを説く。
お釈迦さまは「泥棒が自分をノコギリで切ろうとしても怒ってはならない」と言う。自分の親しい人が殺されたとしても怒ってはいけないそうだ。家族が殺されて「あんたも殺してやる」などと言って実行したら、自分も同じ罪を犯したことになる。ひどいことをした人には、“ちょっとだけ”ひどい目にあわせて、自分の犯した誤りを理解させるのはいい。「怒りは何も生まない」、「怒らないように努めていれば奇蹟が起きる」そうだ。
そんなことが延々書いてある。本当か。私には無理。自分の不甲斐なさに対する怒りが推進力や向上力に繋がった経験もある。怒らないことが内的エネルギーの低下を招くことにもなりかねない。適切な喜怒哀楽がある方が人間味がある(と、思うんだけどねえ…)。
先日、何人かの地方議員が尖閣諸島に上陸したことが大きく報道されている。その前の香港の政治活動家の「国土」への上陸が我慢ならなかったらしい。怒れるままの突発的な行動。外交的にはインテリジェンスのかけらもない愚かな連中だが、こういう人たちの方が個人的には好感が持てる。
最初期の仏教であるテーラワーダ仏教の長老(スリランカ人)が、「決して怒ってはいけない」というブッダの教えを説く。
お釈迦さまは「泥棒が自分をノコギリで切ろうとしても怒ってはならない」と言う。自分の親しい人が殺されたとしても怒ってはいけないそうだ。家族が殺されて「あんたも殺してやる」などと言って実行したら、自分も同じ罪を犯したことになる。ひどいことをした人には、“ちょっとだけ”ひどい目にあわせて、自分の犯した誤りを理解させるのはいい。「怒りは何も生まない」、「怒らないように努めていれば奇蹟が起きる」そうだ。
そんなことが延々書いてある。本当か。私には無理。自分の不甲斐なさに対する怒りが推進力や向上力に繋がった経験もある。怒らないことが内的エネルギーの低下を招くことにもなりかねない。適切な喜怒哀楽がある方が人間味がある(と、思うんだけどねえ…)。
先日、何人かの地方議員が尖閣諸島に上陸したことが大きく報道されている。その前の香港の政治活動家の「国土」への上陸が我慢ならなかったらしい。怒れるままの突発的な行動。外交的にはインテリジェンスのかけらもない愚かな連中だが、こういう人たちの方が個人的には好感が持てる。