「また汝(マホメット)に啓示されたもの(コーラン)ならびに汝に先立って啓示されたもの(旧約聖書と新約聖書)を信仰し、かつ来世を固く信じて遅疑することなき者ども。かかる者どもこそ己が主の導きの道を踏み行く人、かかる者どもこそやがて栄達に至る人々」(2、3~4)。
「さらに我ら(アッラー)はお前(マホメット)には真理の書(コーラン)を下し与えて、それに先だって啓示された聖典(旧約聖書と新約聖書)の固めとなし、確めとなした」(5、52)。
以上からわかる通り、コーランは旧約聖書と新約聖書を前提としており、それらを確証するものとされている。イスラム教徒は聖書をコーランと同様、尊重しなければならない。「これ汝ら、信徒の者よ、アッラーと使徒(マホメット)と、使徒に下された聖典と、それ以前に下された聖典とを信仰せよ」(4、135)、なのだ。というわけで・・・。
コーランによれば、アダム(アーダム)を創ったのはアッラー。ノア(ヌーフ)に箱船を造らせたのもアッラー。アブラハム(イブラーヒーム)、聖母マリア(マルヤム)に息子を授けたのもアッラー。すっかり聖書を乗っ取ってしまっている。さらに・・・。
コーランによると、イエス(イーサー)は神ではなく使徒=アッラーから遣わされた預言者であり、普通の人間に過ぎない。当然、彼の死と復活は否定される。「どうして殺せるものか。どうして十字架に掛けられるものか。ただそのように見えただけのこと」(4、156)。つまり、イエスに似た男が殺されたのだ、という。
「三位一体」も否定される。ただの人間がアッラーの子であるはずがない。「決して『三』などと言うてはならぬぞ」(4、169)。ちなみに聖霊は、イスラム教では天使ガブリエル(ジブリール)と同一視され、アッラーの啓示をマホメットに伝える役割を果たす。
キリスト教徒には、到底受け入れられない。イスラム教徒との争いが絶えないのは、当然なのにゃ。