を読む。ミルチア・エリアーデ著。ちくま学芸文庫。
「無敵の太陽神と『この徴によりてなんじは勝利を得ん』のあいだ」。ローマ帝国がキリスト教を国教化したきっかけは、コンスタンティヌス帝が、夢で見た十字架をお守りにすることにより、戦いに勝ったことだという。
同じような話は、フランク王国にもある。アラマン人との戦いで全滅の危機に瀕した時、クロヴィス王がそれまで拒否してきた神、イエス・キリストに祈りを捧げた。するとたちまち戦況は逆転した、という(山内進「北の十字軍」)。
また、ノルウェーのオーラヴ・トリュッグヴァソン王がキリスト教徒になったのは、あるキリスト教の隠者の予知能力を目の当たりにしたからだった(ストゥルルソン「ヘイムスクリングラ」)。予言の通り彼は暴徒に襲われたが助かり、ノルウェーの支配者になる。
彼らはみな、キリスト教によって神秘体験をすると同時に、大きな利得を得ることができた。「はじめに言葉があった」というのはウソだ。はじめにあったのは、「暴力と奇跡」だった。
が問題になっている。中小企業は人材を必要としているのだが、大学生の大企業志向が強いために、確保するのが難しい、という。
これについては、大学生本人だけでなく、大学生の親に問題はないのか、検証すべきだろう。企業に就職するには、保証人が必要だ。中小企業から内定をもらっても、親の了承が得られずに辞退するケースがかなりあるのではないか。また、有名企業でないと保証人にならない、と予め親が圧力をかけているケースも相当あるだろう。
保証人という制度の是非が、同時に議論されるべきだ。
function codeのライヴを観る。
1年とちょっとぶりのステージ。森永理科にゃんこは、今回はギターを持たずに、ひたすら歌った。彼女のギタリストとしての可能性は否定できないが、この方が身体表現が豊かになる。
曲はおなじみのものばかり。公式HPによると、来年の春にニュー・アルバムが出るそうだが、この日のライヴにその気配はまったくなかった。セカンド・アルバムは、ライヴで曲の完成度を高めておいてからスタジオへ、というやり方だったが、今度のは違うらしい。半分くらいがライヴでやったことがない曲だったファーストのようなスタイルなのか。
この静けさは、不気味だ。いろいろと、想像してしまう。外部の人が大勢作曲に参加していて、今まで聴いたことのないような音になる、とか。あるいは、「架空のアニメのための作品集」、というようなコンセプト・アルバムになる、とか。果たして・・・・・・。
「のぼうの城」が公開。だが・・・・・・。
石田三成が忍城攻めに失敗した史実をもとにした作品は、他にもある。山田風太郎の「風来忍法帖」。史実には出てこない、若く美しい城主の奥方が主人公(このあたり、宮崎アニメにも通じる)。彼女は武勇にもすぐれ、島左近と一騎打ちをしたりする。そんな彼女の威厳に打たれて、惚れ込んだのが、それまで女性を売買の対象としてしか見ていなかった香具師たち。彼らは、三成の軍勢や風魔忍者と命懸けで戦うが・・・・・・。
ラストはもう、涙、涙だわ。もう10年以上前になるけど、これを読んで忍城を見に行田まで行っちゃった。ぜひこっちも、読んでみてにゃん。