くじびき はずれ の 見た世界

シニア初級者というのに世間知らず。
少年のようなつぶらな瞳?
そろそろ大人の記事を書きたい毎日です。

彼岸までもう少し

2014年09月13日 23時27分25秒 | 奈良学

大和郡山市のシンボル、郡山城の天守台を整備する工事を行うのにあわせ、 平成25年10月21日(月)~平成29年3月下旬まで、天守台周辺が立入禁止になっています。

その天守台で、建物を据えた礎石や瓦が見つかり、豊臣政権期(16世紀末)に天守が築かれていたことがわかりました。

郡山城は、1585年から15年間に城主となった豊臣秀長(秀吉の弟)、秀保(秀吉の甥〈おい〉、
秀長の養子)、秀吉に仕えた「五奉行」の一人の増田(ました)長盛の3代で本格的に築かれ、
関ケ原後に廃城となったが、1615年に復興し、明治時代に再び廃城となっています。

江戸時代初期に京都の二条城にとか、淀城に移築されたとか言われたり、なかなか実態が
分からなかったために「幻の天守」とも言われていました。

今回の調査で10cm掘り下げただけで梵字の刻まれた石材(礎石)が出土したというのだから
整備と言うのも必要ですね。

奈良の建築物は都の遷都に伴ってほとんどが移転されました。
新たに材木を山から切り出したり加工したりするよりはるかに安くつくからです。
京都にある立派な建物もそういう経緯の物が多かったのですが、今は権力争いや弾圧、
戦争や火災などで焼滅したりしたために江戸時代以降に建て替えられているものが多いです。

高い建物だけに標的にされやすいこともあり、関ケ原の戦い(1600年)以前の天守の遺構は
珍しく、城郭の発展を知る上で重要な発見といいます。

 

そろそろ彼岸花が咲いていないかと明日香を通った時に探してみました。
まだ少し早いようで、チラッと赤く咲いてはいるものの画像にするほどの物はありませんでした。

農産物等販売所 あすか夢の楽市を覗いてみて、新鮮採れたて産直野菜はもちろんのこと
土産物を見てみました。

    

左の四神クッキーは2月の日記お宿は ?に発売情報と詳しい画像を掲載していました。
右のキトラ四神せんべいは炭酸煎餅です。

ほかにも四神の名の付いた醤油

レトルトカレー(拡大画像付)

                                  

などがありました。

やはり彼岸花は来週後半からが見ごろのようです。

いよいよ、2014年飛鳥光の回廊 が開催されます!!!
13日(土)・14日(日)の二日間  午後3時~午後9時まで(‐^▽^‐)