リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

カラヴァッジョの絵に描かれている曲を演奏する(3)

2021年01月25日 17時03分45秒 | 音楽系
前回あげたムジカ・フィクタの扱いは大原則ということですが、では当時の歌い手たちが実際にどうやっていたかというと、楽譜(パート譜です)を見ながら即興的にやっていたので、実は具体例が残されているわけではありません。

でも手掛かりになるものはあります。それは声楽曲を編曲したリュートタブです。リュートタブは「実音」が書かれていますので、元の声楽曲の音変化も書かれています。例えばスピナッチーノは1507年にリュートタブ譜による曲集を出版しましたが、その中には声楽編曲が多く含まれています。

バーゼルでボブ先生(クラウフォード・ヤング)とスピナッチーの編曲とその元となった声楽曲を比較検討したことがありますが、スピナッチーノ編曲には原則からはずれている部分があるということがわかりました。スピナッチーノ先生、結構テキトーにやってたんですね。

まぁテキトーというのは言い過ぎかもわかりません。当時でもムジカ・フィクタの解釈や運用には幅があったということでしょう。

今回のアルカデルトの曲をスコア化する過程で興味深い発見がありました。それは出版譜にはついていない変化音が、画中の楽譜には書かれていたことです。


絵はさかさまになっています。

カラバッジョの画中譜で赤で囲まれている音にははっきりとフラットがついていますが、私が持っている出版譜にはついていません。



カラバッジョの画中楽譜は、私が持っている出版譜と曲順もレイアウトも異なるし歌詞も書かれていませんので別の版なのでしょうか。30何版も版を重ねたといいますから、途中の版から音を変えたということもあり得るでしょう。画中楽譜は手書きかとも思いましたが、曲冒頭の歌詞アルファベット装飾も書かれているので多分手書きではないと思います。

この発見も出版当事者(多分アルカデルトも入っているでしょう)でさえもムジカ・フィクタの解釈に揺れがあったということを示しています。ということで今回のスコア化は私の解釈でいわばナカガワ版ということになります。