リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

贋作はなぜ魅力的なのか(4)

2021年02月05日 11時01分23秒 | 音楽系
前回のアルビノーニのストーリー、「ドレスデン空襲の廃墟から奇跡の発見」ではないですが、ヴァイスのいわゆる「ドレスデン写本」は本当にドレスデン空襲を生きのびた写本です。もっとも廃墟の中で無事であったというわけではないようですが。もしこの写本が空襲で燃えてしまっていたらヴァイスの最重要写本のひとつが失われてしまうところでした。

さてこのヴァイスにも贋作がありました。メキシコの作曲家マヌエル・ポンセが書いた一連の「ヴァイスの名による」作品です。イ短調の組曲、ホ長調のプレリュード(チェンバロとのデュオ)などがありますが、60年代の日本で出版されたギターピースにはしっかり「ヴァイス作曲」と書かれていました。ポンセはヴァイス以外に、アレッサンドロ・スカルラッティ作とした贋作もあります。

これらは当時沢山の作品をポンセに委嘱していたギタリスト、アンドレス・セゴヴィアとの「共犯」だと言われています。実際のヴァイスの作品が世の中に知れ渡ってきたのは1970年以降ですから、それまではこれがヴァイスだ、と言われたら、その通り信じるしかなかったのでしょう。それにポンセの作品はヴァイスとはかなり作風は異なるものの、バロック音楽のスタイルを踏襲していましたし、それをまたセゴヴィアが華麗に演奏するものですから当時の人は皆信じてしまったのでしょう。

個人的には組曲イ短調のジグなんか大好きです。昔ギターを弾いていた頃によく弾いていました。(とても難しかったですが)作品としての完成度は高いです。でも実際のヴァイスの曲をギターに編曲した場合は、こんなに都合よくギターで弾けません。

これらのポンセの贋作で惜しむらくは、アルビノーニの場合と異なりストーリーが付与されてなかった点です。ヴァイスはドレスデンの宮廷オーケストラのリュート奏者でしたが、作曲されたのが戦前ですから「ドレスデンの廃墟・・・」という手口はまだ使えませんでした。もしそれらしいストーリーに彩られていたらもっと別の展開をしていたかもしれません。でもそうでなかったこともあり、今ではこれらの曲をヴァイス作曲だと言っている人は誰もいません。「真相は実はこうだった」みたいなところで済んでしまったのは、ヴァイスにとってもポンセにとってもまたセゴヴィアにとってもよかったのだと思います。