リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

贋作はなぜ魅力的なのか(8)

2021年02月12日 12時44分04秒 | 音楽系
バッハの贋作は、例えば以前取り上げたカッチーニのアヴェ・マリアみたいに分かりやすい形で存在しているものはありません。仮に誰かが贋作をでっちあげたとしても、出典を提示を求められた時点ですぐバレるし、そもそもバッハ作品のクオリティで曲を作ることはそうやすやすとできるものではありません。AIがバッハ風の作品でござい、とした曲を聴いたことがありますが、それは作品としてオソマツなものです。それでも贋作、偽作ではないかとくすぶっている曲は何曲かあるようです。

ヨハン・セバスチャン・バッハの作品とされている中で、私は超有名なオルガン曲、トッカータとフーガ ニ短調BWV565はかなり怪しいと見ています。えー!!バッハの看板作品じゃんとおっしゃる方もいらっしゃるかも知れません。

角倉一郎氏の「バッハ作品総目録」でもBWV565は「偽作説あり」と記されています。同書によれば、成立年代は1700年代、つまりまだバッハが10代か20歳になったばかりということになっています。バッハの「若書き」と言えるかもしれません。そして自筆譜は消失しており筆写譜だけが残されているということです。

この作品自体がいつ頃の成立なのかは筆写譜の成立を見ないとわかりませんが、角倉氏の総目録には、ベルリンの国立図書館蔵のMus. ms. Bach P595だけが記されています。他のソースはないようです。そしてこのソースの成立時期は同書からはわかりません。

私はこのようなソースレベルの話ではなくて、作品のスタイルから見てこの作品が怪しいのではと見ています。本作品の偽作説でときどきネットで見かけるのは、ダレソレ先生(博士、氏、さん)がこういう論文や記事でこのように言っているのでBWV565は偽作だ、というような言い方です。

有名な先生のお説を引用しているので説得力があるように見えますが、実は具体的にどの部分が例えば問題があるかには全く触れず偽作説を唱えています。その有名先生のお説を読んでみると実はその先生も具体的に根拠は示していなかったりします。

でもそれを読んだ別の読者が受け売りをし、また別の人が受け売りを、という具合にどんどん広がっていきますが、それって実態は単なる噂レベルの話ですよね。「実物」とか「実態」を確認していないからです。

ここではとりあえずわかりやすい箇所を少し挙げて、それらを楽譜と実際の音で示して行きたいと思います。ただモノが音楽だけに問題点を数値で表したり絵で見えるようには表すことができないのでわかりにくかったらご容赦願います。楽譜では多少「実態」をビジュアライズできると思いますが。