リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

サブスク誘導戦略?

2020年06月10日 15時57分46秒 | 日々のこと
Photoshop CS3とIllustrator CS3が起動できなくなって、再インストールしてくださいというメッセージが出たのでそうしてみました。この2つのアプリはもう15年程前に購入していまだに使っている訳ですが、CS2からそれぞれCS3にバージョンアップした、というのは覚えています。まずCS3の方をアンインストールして、PhotoshopのCS2からインストールしてみました。

ところが途中で、Ver5.5がインストールされているドライブなりDVDを指定して下さいと出て来て、そこから進めませんでした。15年も前のことなので、そもそもVer5.5からCS2にアップグレードしたかどうか、今頃言われても困ります。ということで再インストール不可。

イラレに関してはこれは絶対に、CS2が初めてだという自身があったので、こっちは行けるだろうと進めてきました。CS2のアプリ自体はインストールできたのですが、起動してみますと、認証せよ、と仰るので、して見ますと「もう認証サーバーがない」と仰る。電話で認証もできないです。完全に見放されたわけですねぇ。

ググってみますと、私の同じ状況の方がいまして、要するにもう使えませんということでした。何でも古いバージョンでも認証が出来るようにしてやる、というサービスが少し前まであったそうですが、もう期限切れのようです。ユーザーにきちんとメールなり文書で知らせて欲しかったです。

なんでもCS3のサポートはWindows Vistaまでだそうです。とっくにサポート外です。でも15年前とはいえ、ちゃんとお金を払って正規品を購入したのにねぇ。とはいうものの多分普段は読まないような契約書にはきちんと謳われていて法的には問題ないんでしょう。これらの古いCS3で私の仕事に関しては必要にして充分でしたが・・・Adobeのサブスク誘導戦略にはめられつつあります。

ガット弦に思う(8)

2020年06月09日 14時04分16秒 | 音楽系
現代の演奏家はどの様な弦をバロック・リュート(あるいはテオルボ)に使っているのでしょうか。知っている範囲で書いてきたいと思います。

まずパスカル・モンテイレです。彼は20数年前にド・ヴィゼーのテオルボ曲を録音しています。21世紀に入ってからはバッハのチェロ組曲全曲をテオルボまたはアーチリュートで録音しています。

彼のド・ヴィゼーのCDには弦のことが触れられています。高音部はナイロンプレーン弦、低音部(8コースまで)はナイロン芯の金属(銅)巻線、番外弦(9コース以下)は古くなった弦を使っているとあります。この「古くなった弦」はプレーン弦なのか金属巻弦なのかよくわかりませんが、CDを聴いてみると音の減衰時間からすると金属巻弦のようです。そのねらいを彼は、「(そうした方が)高音部とのマッチングがいいからだ」と述べています。

興味深いのほぼ同じ頃今村泰典氏が同じくド・ヴィゼーの作品を録音しています。彼が使った弦はナイロンプレーン弦と金属巻弦です。彼の楽器の金属巻弦は新しい弦で音はとてもクリアです。この2枚のCDは音色の世界観としては対極にあると言えます。

あれ?

2020年06月08日 16時09分33秒 | 日々のこと
画像を少し加工しようとしてフォトショップを立ち上げようとしたら、

「この製品のライセンシングが動作していません」

という表示が出て立ち上げることができませんでした。フォトショップのバージョンはCS3で大昔のものです。調べて見ましたら、ライセンスリカバリツールというものがあるらしいので、ダウンロードして実行してみましたが、また同じメッセージがでます。

同じ時期にイラレもう買いましたので、ひょっとしてと思い立ち上げようとしましたら、同じメッセージエラーが。Adobeの陰謀?古い版を持っている人はさっさとサブスクリプションを購入しなさいという意味でしょうか。取りあえず再インストールしてみようかと思います。まぁCS3は機能的に相当落ちるので最新のにするべくサブスクを買ってもいいんですが、結構高いし・・・

ガット弦に思う(7)

2020年06月06日 22時46分55秒 | 音楽系
21世紀に入ってバス弦に新たな合成樹脂素材が使われるようになってきました。それがフロロカーボン弦とローデドナイルガット弦です。

フロロカーボン素材は釣り糸として開発されたもので、別にリュート向けに開発されたものではありません。(笑)実は細いフロロカーボン釣り糸は80年代前後から1~3コース用によく使われるようになりましたが、音がシャープ過ぎるというので特に1コース用としては下火になっていきました。でも今でも根強い人気があり、積極的に使っている演奏家や製作家がいます。

フロロカーボン釣り糸日本の会社が製造しているので、日本ではそこらの釣り具屋でいくらでも購入できましたが、ヨーロッパでは入手が簡単ではありませんでした。スイス人のリュート演奏家に頼まれてこちらから釣り糸を送ってあげたり、またある製作家とはおいしいスイスチーズと物々交換したりしたこともありました。

その頃は太いフロロカーボン釣り糸はなかったのですが、21世紀に入って鮪釣り用の太いものが発売されるようになってきました。それもまるで日本の釣り糸メーカーにリュートを弾いている人がいるかのように、いろんなゲージがそろっていて、実際バロックリュートの13コースまで全てのゲージが揃いました。鮪の需要が伸びたことがリュート弦に新しい選択肢をもたらしたのでしょうか。釣り糸メーカーとしては、ハープなど(ひょっとしてリュートなども?)の需要を見込んだのかも知れません。実際知り合いのハーピストは使うこともあると言っていました。現在サバレス社から極細から極太までゲージが揃った弦が発売されています。

さらに2016年秋頃(だったと思いますが)にアキラ社から比重が2を超える※ローデドナイルガット弦が発売されました。これはなんとリュートのバス弦専用です。私もすぐに注文しましたが、手にしたのは翌年の春でした。この弦、実は欠陥商品で、太いバス弦なのにすぐ切れるのです。張っている最中に切れたり、1,2日後に切れたり。Twitterを見てみましたら、世界中で話題になっていました。といってもリュートのこういった弦を張る人は極少数なので皆さん紳士的でしたが、メジャーな製品でこんなことがあったらえらいことです。

メーカーは改良品をすぐに出して、その後も改良が続き現在では実用上問題のないところまで来ています。ただし張力4.5kgまでで張りなさいというメーカーの条件がついています。まぁ計算上2.5kg程度なら余程のことがないかぎり部分的に4.5kgを超えることはないでしょう。ただ強度が不足しているのも事実なので、1年に1回くらいは張り替えた方がいいと思います。私の実績でいうと2018年以降の製品で1年くらい張っていて切れたことはありません。2年間は張ったことがないのでわかりませんが、楽器のメンテも兼ねてほどほどの期間で交換するのが吉でしょう。

※フロロカーボンが約1.8、プレーンガットが約1.4、ナイルガットが約1.3、ナイロンが約1.1

ガット弦に思う(6)

2020年06月05日 17時34分36秒 | 音楽系
ガット弦について話を進めてきましたが、ガット弦以外の素材についても是非知って頂きたいので、その「歴史的」(というほど大げさではないですが)流れも含めてお話を進めていきましょう。

別のアプローチとしては、現代の素材で使えるものを探すことです。実は黎明期の70年代初頭から現在まで使われているピラミッドの金属巻弦もひとつのソリューションです。でも金属巻弦は音の持続時間が非常に長く、巻弦以外と減衰時間が大きく異なること、そして金属的な音色がプレーン弦(ナイロン弦)とのマッチングがよくないこと、それらは早くから指摘されていてました。

70年代初頭に特に問題になったのはバス弦(diapason)よりも4コース、5コースの弦です。4コース、5コースをナイロン弦にすると太いものにしなくてはならず上手く鳴らないので、金属巻弦を張るのが一般的でした。(ルネサンスもバロックも)しかし4コースを金属巻き線にしようとすると、当時はあまり細いものはなく(今はアキラ社で発売されているナイルガット芯の銅巻弦がかなり細いです)ピラミッド社で一番細かった905番を張るしかありませんでした。これでも少し張力は強めです。3コースは当時はナイロン弦しかなく、少し太めの弦なのでよく言えば丸い音、要するにボコボコの音、4コースは金属巻弦で張力強めなのでギンギンだったということです。

少しあとになって同社からアルミ巻弦が発売され905番の代わりに使うことが可能になりましたが、それでもまだバランスはあまり良くなく、アルミ素材のため指先が真っ黒になったり耐久性がよくないという問題もありました。

6コース以下はオクターブ弦と組み合わせるので多少はマシになるものの、音の持続時間が高音部プレーンと比べると長すぎるという問題はあります。5コースの金属巻弦のユニゾンもやたら音が出すぎるという問題がありました。ルネサンスリュートをイギリス式に低音弦もユニゾンで金属巻弦にするとさらにアンバランスになります。

こういった問題は、80年代の中頃?に開発されたアキラ社のナイルガット弦によって少し解消されました。すなわち4コース、5コースにそれまで張っていた金属巻弦の代わりにナイルガット弦を張る方法が考案されました。ただこれでも今度は5コースと6コース間のアンバランスが気になります。

これらの問題を解消するのに、演奏家の中にはわざと古くなったピラミッド製金属巻弦をバス弦として張る人もいました。ただ「使い古した」弦では、押さえることが頻繁にある6コースの場合は音程の問題や耐久性の問題が出てくるので、どの程度の古さにするのかはなかなか難しいところです。

ガット弦に思う(5)

2020年06月04日 13時55分24秒 | 音楽系
ひとつのアプローチ法としては、昔の人と同じ試行錯誤の過程をたどることです。この方法だとかなり時間がかかりますし、昔ほどリュートは隆盛ではないので需要と供給の関係もあり昔ほどのペースでは進まない懸念もあります。

今まで試されてきた方法としては:

(1)腸の繊維に銅粉をしみこませたものを撚る(ローデドガット、アキラ社)

(2)ガットに細い金属線を隙間を空けて巻く(オープン・ワウンド弦、アキラ社、キュルシュナー社)、

(3)プレーンガットを2,3本撚って1本にする(ピストイ弦、ヴェニス弦、ガムート社、アキラ社)

(4)細い金属線と一緒にガットを撚る(ギンプ弦、ガムート社)

(1)は精度がよくない→発売休止、(2)は生産上の歩留まりが低い→試作のみ、発売休止、そして全体としてこれらは質量不足でバス弦として使うのは実力不足です。この中ではピストイがとてもしなやかなので何とか使える感じもしますが、今一歩(二歩くらいかな?)音が前に出て欲しいところです。

2、3年前でしたか、ガット弦の使用では経験豊富な佐藤豊彦氏※にお目に掛かったとき、ガット弦の話をいろいろ聞かせて頂きました。その中で印象に残ったのは「・・・ギンプ弦でみんな失敗するんだよね・・・」ということばでした。実は私もそのクチですが、氏自身もそうだったようです。

ちなみにずっと前に氏の講習会などを受けられて、氏にギンプ弦を薦められ、以来後生大事にギンプ弦を使ってらっしゃる方がいらしたら気をつけてくださいよ。お目に掛かったときの話では氏はバス弦にピストイ弦を使っているとのことでした。

ただピストイ弦は先に述べましたように、私見ではもう少しなんとかならないかなという感じが致します。(モーリス・オッティジェー氏製作の楽器に張ってみました)佐藤氏所有のグライフなら何とか行けるのかも知れませんが、お目に掛かったときにはその楽器を弾かせてもらう機会がなかったので何ともわかりません。

それに弦代がべらぼうに高くつきます。あとこの連載の始めにも書きましたように、温度や湿度の影響が半端ではありません。条件が悪いと極く短時間に半音とか全音近く音が狂います。プレーン弦でもそこまではいかないですが、これはどうしてでしょうか。それでも最高のパフォーマンスの弦であればこれらの問題点は目をつむりますが、残念ながら私の楽器のためには選択できるものではありません。

※日本の古楽界の草分けとも言える方です。個人的には私がリュートを始めた若い頃随分お世話になりました。1976年にはデン・ハーグにある氏のお宅に1ヶ月近く居候させてもらったこともありました。

楽曲の成立とその時代的変化

2020年06月03日 18時08分30秒 | 音楽系
ガット弦に思う(4)のコメントの続きになります。本文、コメントを最初からお読みください。とても興味深い内容になりましたので、沢山の方に読んでいただきたく新たにエントリーしました。

「楽曲の成立とその時代的変化」

(前フリ)
当時の楽曲成立の概念が現代とは少し異なると言うことは知っておく必要があります。当時のひとつの楽曲というのは概念的なものであり固定的なものではないと考えると分かりやすいかも知れません。

(William ByrdeのPavana Brayとその「編曲」)
例えばW. バード作曲のPavana Brayという曲がありますが(Fitzwilliam Virginal Book)、それをF. カッティングが「編曲」しています。(Cambridge Dd.9.33)この「編曲」はバードの曲をディミニューションに至るまで忠実にリュートに移そうとしたものではありません。三部形式の各部前半は比較的原曲の流れに基づいていますが、繰り返しでは全くリュート独自のディミニューションを展開しています。こういった「編曲」をすることを当時の言い方で set と言います。(arrange ではありません)Dd.9.33には「A Pavan Mr Byrde set to lute by Fr. Cuttiing」という表記があります。(Pavana Brayではありませんが)

この様なやり方はリュートからヴァージナルという逆方向もありますし、リュートからリュートという場合もあります。ひとつのリュート曲が主に筆写で伝播していく過程で、ディミニューションに手を入れるというのはごく一般的なことです。

(私の見立て)
私はラクリメ・ガリヤードを「スタイル的に見てジョンではない」と書きましたが、もう少し補足的に言いますと、原曲はジョンだがディミニューションのスタイルからするとジョンの手ではない、ということです。

(ロバートかも、同じフレーズが)
では誰がということになりますが、ロバートの可能性が高いのではと思います。ロバートのディミニューションの書き方はジョンとはかなり異なり、時代的な新しさを感じさせるものです。「とりどり・・・」のパヴァン7番はロバート作品です。この曲の18小節目(前半の最後の小節)は、同曲集パヴァン1番「ヘッセン方伯自らの御手になるパヴァン」14小節目と全く同じフレーズです。この「ヘッセン方伯自らの御手になるパヴァン」のディミニューションの書き方は、ロバートの第7番ととてもよく似た手法を使っていますので、こちらもロバートの手によるものだと見ています。

(ロバートのディミニューション、もうひとつ例)
もうひとつ例を挙げておきましょう。「とりどり・・・」のガリヤード第6番、The right Honorable the Lady Cliftons Spirit です。(7コース用)この曲の作者は明記されていませんが、Dd.2.11にK Darcies Spirite J:Dowlという題名で同じ曲が筆写されています。(6コース用)Dd.2.11の成立時期(c1588-c1600)からしてロバート(1591?-1641)作という線はまずありえないでしょう。

Dd.2.11のヴァージョンにはティミニューションは書かれていません。「とりどり・・・」所収のCliftons Spiritには念入りなディミニューション(どちらかというとスティル・ブリゼに近いです)がそのスタイルはパヴァン7番よく似ています。従ってCliftons Spiritはロバートが父親の作品にティミニューションを施して自分の著書に掲載したと見ることができます。題名が変わった経緯については何のてがかりもありませんのでよく分かりません。

(ラクリメ・ガリヤードに戻って)
さて件のラクリメ・ガリヤードですが、ディミニューションのスタイルが上述の2曲にとてもよく似ています。この手法はダウランドの同時代人ではなく次の世代の人達のスタイルで、例えばロバート・ジョンソンとかフランスのロベール・バラールあたりとよく似た手法です。ジョンがディミニューションを書いたならばこういった手法では書きません。ラクリメ・ガリヤードの第1部の繰り返し冒頭(11小節目)とか第2部繰り返し冒頭(32小節目)なんかとても斬新な感じでカッコいいですが、これらの部分は若きロバートが9コースの楽器用に書いたものだというのが私の見立てです。以下は裏付けのない妄想ですが、各部の前半部もロバートが手を入れているかも知れませんし、そもそもパヴァンからガリヤードにしたのもロバートかも。父親が最後になるリュートソング集を出すにあたり、若くて才能あふれる息子にパヴァンを元にガリヤードを書かせそれを掲載した・・・しかしロバートの名は出さない。現代の作曲家でもよくある話ですが、有能な弟子にオーケストレーションをさせて弟子の名前は出さず師匠の名で出す話、ゴーストライターではありません、弟子を育て世に出すためです。閑話休題。

(中世ルネサンス時代の曲の成り立ち)
中世からルネサンス初期あたりでは、テナーの旋律(定旋律)に対旋律を2つ3つ付けるという作曲の手法がありました。曲の概念があり、それを具現化したものが楽曲であり、それらは全て定旋律の名前で呼ばれていました。これらは共通の遺伝を持った異性体ということができます。ルネサンスの後期においても手法は異なりますが、楽曲の成立概念に関しては先に述べましたように現代とは異なっていて、例えばこれが唯一無二の「エセックス伯のガリヤード」だというものはありません。

(時代の変化)
それとダウランド親子が生きた時代は音楽の様式が劇的に変化しつつあった時代で、特にジョンの晩年、息子の青年期はイギリスにもその変化の波が押し寄せてきた時代でした。ただイギリスにおいてはその変化の波は大陸より少し遅れてきたため、曲はルネサンス様式は色濃く残すもディミニューション(ヴァリエーション)は新様式といった折衷型であったのは興味深いことです。

(お薦め)
この時代のダイナミックな動きは、当時の写本や印刷本に収められている楽曲を沢山弾いてみることで体得できるのではないかと思います。ただ資料が沢山ありすぎるので、代表的なところだと、Cambridge Dd.2.11写本(イギリスの最盛期ルネサンス様式)、同Dd.4.22(イギリスの新しい様式の息吹)、ロベール・バラールの作品(ごく初期のバロック様式)、エヌモン・ゴーティエの作品あたりを見てみるのはどうでしょうか。楽器も3通り必要ですし、楽譜も探すのが大変かもしれませんが、得るところは大きいと思います。

ガット弦に思う(4)

2020年06月02日 19時20分30秒 | 音楽系
その後(17世紀中頃以降)「何らかの方法」でガット弦の質量を上げる方法(=弦長を短くできる)が開発され、バス弦は短くなり、160cmもあるようなバス弦の弦長を持つ楽器は作られなくなりました。

これらは歴史的な事実であり、私たちはこのことを深く肝に銘じておかなくてはなりません。ではその「何らかの方法」というのはどういう方法なのか、これがわからないのです。そういった弦の呼称とか色目なんかはいくつかの文献※や絵画に出てくるのですが、具体的にどういう製法であったのかはよくわからないのです。

簡単に言えばヴァイスはどのように作られたバス弦を使っていたのか、こんな単純とも言えることがいまだに解明されていないのです。というか資料不足で、かつ伝統も途絶えていますので、過去の資料から再現は難しいと思います。20世紀初頭のガット弦の伝統は伝えられていますが、それらは18世紀のものとは異なるのです。

ではどうしたらいいのでしょうか。

※例えば、
(1)ロバート・ダウランド著「とりどりのリュート曲撰」(1610)
バス弦で一番いいのは二重巻きのものです。これらはロンバルディアのボローニャで作られそこからヴェニスに送られます。そこから市場に輸送されるので、一般的にそれらはヴェニス・ガット弦と呼ばれています。
(2)トマス・メイス著「音楽の記念碑」(1676) P.65-66
ピストイ・バス弦と呼ばれる別の種類の弦があります。それは太い「ヴェニス・ガット弦」に他ならないと私は考えていますが、(ピストイ・バス弦は)通常深紅に染められています。
(いずれも中川訳)

注の注:
ロバート・ダウランドはルネサンス・リュートの時代です。7コースかせいぜい8コースの楽器で最低音はDです。通奏低音の時代に入る直前で、それほどバスの動きは多くありあません。トマス・メイスの時代は11コースのバロック・リュートの時代。(他の調弦も存在していましたが)最低音はCで、より低音の動きは多くなってきている時代です。

ガット弦に思う(3)

2020年06月01日 21時37分05秒 | 音楽系
ガット弦の選定で難しいのはバロックだと6コース以下のバス弦です。当時は全てガット弦だったからガット弦を張ればいいのだ、という単純・素朴な話ではありません。仮にプレーンガット弦を弦長71cmのバロック・リュートの6コース以下13コースまで順に張っていくと、13コース(バスライダー75.5cm)はかなり張力を押さえても(2.35kg)直径1.9mmになります。

見た目にも異様に太い弦になりますし、この弦長でこの太さだと両端がうまく振動せず楽音として使えません。ドイツ・テオルボの13コース96cmだと、2.35kgで直径約1.5mmです。これでもまだ太くてうまく鳴らないと思います。ちなみにCD弦(イタリアのアキラ社のバス用合成樹脂弦)だと、プレーンガットだと1.9mmに相当する弦の実測直径は1.03mmです。この太さだとちゃんと弦として使えます。

ちなみに13コースのコントラAで直径1mm程度にするには、どのくらいの弦長が必要かを計算してみますと、約150cmになります。これってイタリアンのテオルボのバス弦の長さですよね。当時のイタリアのリュート奏者達は、プレーン弦のバス弦がちゃんと鳴る長さとして150cmを製作家に要求したわけです。別の言い方をするとそれ以下では上手くバス弦が上手く振動せず音楽的でない、と判断したわけです。

直径1.9mmのプレーンガット弦でコントラAという低い音を鳴らすには、75cmの弦長では全然だめでその倍はいるというのが当時のリュート奏者あるいは聴衆の感性ということです。まぁ、ある意味常識的な判断でしょう。

バス弦が160cmのテオルボはとてもハンドリングが大変で(そもそも調弦のときにペグに全く手が届きません)、当時の奏者としてもできればもっと短い方がいいなぁと思っていたでしょうけど、彼らはハンドリングの難儀さより音を優先したということです。