院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

「安部公房伝」

2011-04-16 07:04:04 | Weblog
 表題の本が新潮社から出たので、どういう人が買うんだろうと思いながら、買った。

 私が買うのには必然性があった。私は中学高校のころ安部公房に心酔した。その前は、川端康成だった。

 川端康成の「雪国」は何度も読んだ。これはノーベル賞を貰うぞと親や友人に話していたら、ほんとうに貰ってしまった。

 川端は三島由紀夫を買っていた。それで三島由紀夫を読んでみた。「午後の曳航」という作品から読んだのがいけなかったのだろうか?ちっとも面白くなく、名作と言われる「金閣寺」も読む気が失せてしまった。三島は安部を買っていたと本書にある。

 大江健三郎と安部公房が懇意だったことも、この本で知った。この本の著者である一人娘の安部ねりさんという人がいることも、初めて知った。なかなか筆が立つ人で、私は本書を面白く読んだ(本業は医者だという。安部公房自身も東大の医学部出身だった)。

 以前に述べたけれども、私には大江健三郎の小説は面白くなかった。読者に媚びているような感じがした。安部が死去した翌年、大江はノーベル賞を貰った。私は今度も「次のノーベル賞は安部だ」と触れ回っていたのだが、死去により大江にお鉢が回ってきたのだなと思った。

 その大江が言うに、日本の小説家と言えば凄いのが二人だけいると。一人は安部公房で、もう一人はいつぞや私が面白くないとここに書いた夏目漱石である。

 「飢餓同盟」という安部の小説がある。高校のころこれを読んで、ものすごく嫌な気分になった。文字だけで、どうやって人をこんなに嫌な気持ちにさせるのか、その技に感心した。自分だけ嫌な気分では詰まらないので、親友に読ませた。そうしたら、親友は「本当に嫌な気分になった。今日は何もやる気がしない」と自宅に遊びに来た。大学受験で鬱屈していたころだった。その日は勉強をせずに親友と語らった。

 この親友は建築家になり、昨年、娘夫婦の家を格安で設計したもらった。表題の本は、われわれのような安部フリークにとっては涎れが出るほどに面白いのだが、ほかにどういう人が面白がるのだろう?

 まあ、世界の安部である。読者はたくさんいるのだろう。安部は小説ばかりでなく、評論というか科学的、哲学的論考も面白い。彼の評論集「砂漠の思想」は、高校のころ私がその文体をまねて、句読点の打ち方などを学んだ私の「バイブル」である。