この馬券に神が舞い降りる

だから...
もうハズレ馬券は買わない。

今週の戦績

2012-01-30 07:00:00 | 競馬
日曜日のニュースから。
施設改修案など、積極的な運営改善に向けて取り組んでいる立川競輪場が、共同開催に向けた方針を打ち出した。
変わっていく姿勢が実現化していけば、希望が持てる。

存続の危機にある、地方競馬が開催場所別に、独自に控除率を決めて、活性化を図る。
いかに、魅力ある競馬が開催されるかがポイントだと思う。

今週の戦績ですが、購入馬券ゼロです。

PATの口座に残金がないために、馬券が買えない。
給料後なのにどうしてと思うかもしれないが、
実はストレスからくる買い物依存症で、借金の返済をしたら小遣いがなくなってしまった。PATの口座からも、全額引出したが、それでも全然足りない。

哀れな夫に、妻から3万円の援助があったので、来月の給料日まではなんとか食いつないでいけるが、それでも先日メガネを購入した分の支払いが来月やってくる。これもどう返済すればいいものか。

こういう時こそ、馬券で儲けて返済すればいいのでは...、
いやいあや、そんなに世の中は甘くない。
といういうよりもこんな時は、自虐的なパターンに陥りやすく、わざとあたりもしない馬券にドーンと賭けていってしまう習慣がある。
全部、無くすよりは、少しでも返済にあてるのは賢い選択である。

しばらくは仮想で、馬券を購入するしかない。
そのうえで、プラスに持って行けるまでは、本物の馬券はやめようかと思う。
何故か?
全然、馬券がわからない。
よく、5連単なんて中てるひとがいるものだ。
どうしてドナウブルーなのか、どうしてシルクフォチューンが勝ち馬のか。
全然、わかりません。

1から勉強して出直します。
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1回東京2日目

2012-01-29 10:47:14 | 馬券
【相馬眼の修】
1992年11月8日。工藤栄一は京都競馬の菊花賞で込み合うパドックにいた。
高校を中退した栄一は、関西のヤクザ組織のチンピラのパシリとして小遣い銭を稼いでいたのだが、そこで出会ったのが、「相馬眼の修」である。
自分と同い歳の「修」が、どのようないきさつで、その組に来たのかは知らないが、彼は自分とは違い、重要な客人だった。

当時、ノミ屋はヤクザの資金源であった。
客から集めた掛け金をどのように運用していくかが、シノギの分かれ目になる。
客の買い目に合わせていては赤字である。すべてを買わないのはリスクがある。
もっともリスクを抑えてシノギきるために、そのレースの決着がわかればいいのだが、それを可能にするのが、修だった。

阪神、京都で競馬がある日には、朝からパドックに立って馬を見ている。
栄一は、その修の予想のつなぎ役である。
あるとき、栄一はパドックに馬がいないあいまに聞いたことがある。
馬のどこを見て、良い、悪いが判断できるのか。

修は言った。
「オレは、馬のいい悪いを見ているわけではない。その馬が背負っているすべてが伝わってくるだ。」

馬に注がれる人の思いが、その馬を走らせている。
どんなに才能があろうが、それを見つけてくれる人、導いてくれる人がいなくては馬は走らない。そこに集まる、すべてのエネルギーの流れを感じ取ることができなければ馬券は的中できない。

その時には何を言っているのか、その宗教じみた修の話はわからなかった。


パドックを見渡していた修が、一度首を振り天を仰いだ。
これは修の癖で、結論が出たということだ。
「このレースは4-4、⑦⑧で決まりです。3着は岡部の馬で大丈夫です。
ミホノブルボンは孤立無援だ、逃げ切れずに2着に負けるでしょう。」

栄一はボケベルで馬連、枠連を打ち込み、公衆電話に並んで電話をいれた。
電話をかけ終わって、いそぎ窓口に並び、⑧ライスシャワーの単勝を100万円購入した。
瞬間、締め切りのブザーが鳴り響いた。

レースは修の予想通りとなり、栄一は730万円の払い戻しを受けた。

2012年1月、工藤栄一はシンガポールのオフィスで小島貞博の死亡をしった。
あのとき修は、予想を言いながら涙していた。
それはブルボンが負けることへの涙だったのか、その管理調教師、戸山為夫の運命だったのか。
まさか小島の死まで...。
工藤は日本の方向を向いて、小さく手を合わせた。

<小島貞博調教師のご冥福をお祈りします>
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1回東京初日

2012-01-28 09:38:56 | 馬券
【杉村一樹】
金曜日のレース終了後、杉村一樹を囲んだささやかな集まり。
その輪の中に柏木修司はいて、杉村との少なからずの縁を感じていた。

中津競馬の廃止から10年、ふたたび経験した荒尾競馬の廃止。
しかし杉村には中津の時のような憤りはない。それほど荒尾競馬の最後は困窮したものだった。
レースに騎乗して、勝利しても、1万円にもみたない番組が続く。
賞金が安ければ、馬主は離れていく。
馬数が減れば、まともなレースが組めず、サークル状態はさらに悪くなる。
存続していくこと事態、誰をも幸せにしない競馬がそこにあった。

1月23日川崎競馬場、1レース。今年最初のレースに杉村は臨んだ。
彼の復帰第1戦を祝うかのように、騎乗するヴィーヴァローレンはフォンの後押しで1番人気となった。
ゲートが開き、「社台の勝負服」が川崎競馬場を駆ける。
直線は、川崎の主「今野忠成」と叩き合いとなったが、杉村が4馬身先着し、移籍初戦を勝利で飾った。

前半3勝したものの、今開催の勝利はそれだけに留まった。
「後半、勝てるレースを落としている方が悔しい。上はまだまだはるか遠くだから」
そう話す杉村の横顔を見ながら、修司は杉村の決心を感じ取っていた。
中津と荒尾の魂を背負って、杉村一樹が南関東のテッペンを目指して競馬場を駆け廻る。
みたび同じことが起こらないため、何をすべきか、この男が知っている。

誰ともなしに用意した、競馬新聞を手に、杉村が修司に話しかけていた。
「相馬眼の修さんの予想を教えてくださいよ」
周りのみんなも興味津々に杉村の話を聞いた。
「えっ、柏木さんってそんな人だったんですか」
修司は軽く手を振りながら、
「昔の話。ここに来てからは馬券の『ば』の字もやっていない」

地方競馬が無い日でも、修司のすべては自厩舎の馬に注がれる。
厩舎人としての修司の自戒だ。だから彼が馬券を買うことはないのだ。
「相馬眼の修」の予想は、馬をみて、初めて予想されるもので、他人の情報で成り立つものではない。
「そこをなんとか、杉村へのご祝儀だと思って」
しぶしぶ30秒ほど、競馬新聞に目を落とした修司は、すぐにサインペンでチェックをいれた。
③、④、⑥、⑦、⑧、⑫、⑮戻って⑭の8頭。
さらに④、⑦、⑫、⑮の馬番に○印を付ける。
「あとは明日、馬を見てくれ。ド素人じゃないんだから分かるだろう。俺は厩舎に戻って馬を見て帰るから」
帳場で店の主人と二言、三言交わした修司の姿は、夜の闇の中に消えて行った。

<杉村一樹騎手の川崎移籍初勝利を脚色していますが、この物語はフィクションです。実際の人物とは何の関係もありません。>
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今週の戦績

2012-01-23 07:00:00 | 競馬
今週は土日と出かけていたので、馬券の方は控える形となった。
土曜日は、新・農業人フェアーに出かけてきた。
想像以上の人出で、冷やかし半分の当方などは居心地が悪かった。
農業は話を聞くだけではだめ。不動産と同じで、現地に行って、自分の目で確かめなくは行動に移せない。

都心部でサラリーマン相手の農業を考えると、植物工場などになるのだが、採算性という点で展開が難しい。
などということをことを思っていたら、日曜朝の報道番組で、植物工場と韓国の関係がクローズアップされていた。
日本の30倍、葉物野菜を食する韓国では、十分に採算が見合う商売なのだとのこと。
何よりも、トップの即決と、「何事もやってみなければ、なにが失敗なのかも分からない。」というリスクを恐れないビジネス感覚に、韓国の強さを見た。

残念ながら、今回のフェアーには当方が目的とするものがなかった。
決して、お馬さんの仕事を探しに行ったわけではありませんよ。
「ズブ素」が馬の仕事に関われるほど、もう若くは無いですからね。

馬業界就職ジャーナルを見ても東北地方の求人はありません。
柏木親子の今後にご期待ください。

馬券の方ですが、日曜日のAJCCだけは、竜太と同様の馬券を購入した。

私が乗ってしまったせいで、外れてしまったが、④ナカヤマナイトのできそのものは万全では無かった見ています。
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1回中山7日目

2012-01-22 12:22:58 | 馬券
【アメリカジョッキークラブカップ】
口座の残金は5万円から10万円に増えた。
叔父、修司が何も言わないというのは、父は馬券を買っていないのだろう。

教育者の家庭に育った修平は、ギャンブルとは無縁の世界で育った。
心理学を専攻として、北海道の大学に入学した。
3年生の時、ゼミの中でゲーム心理学と称した馬券の購入が、修平の人生を変えた。
免疫がなかったことも、影響したのかもしれないが、ギャンブルの研究がギャンブルの泥沼に嵌る。

ギャンブルの主導権はオーナーにあり、大衆の心理をいかに誘導するのかテーマとなる。
競馬も主催者がコントロールをしなくては、ファンは馬券を買わなくなる。
ということは、結論ありきで、競争は繰り返されている。
偶然の結果が競走成績ではなく、必然の結果が競走成績である。
ならばハズレ馬券を買い続ける、大衆の心理はどこにあるのか。

結果がそこにあるはずである馬券だが、収支がプラスになるどころか、全く的中しない。
心理学の研究が、いつの間にか馬券の研究になってしまう。
馬券の研究がやがて馬のとりこととなって、大学卒業後、牧場に就職してしまった。
親の反対は当然至極で、そこから絶縁状態になってしまったのである。

「柏さん、すいません、オレ、テレビ見にいってきていいすか?」
同僚の田部は、牧場の馬の馬券を買っているらしい。
「デビュー戦だろう、一緒に見に行こうや」
「柏さんは、馬券、買わないんすか」
田部は柏木のことを柏さんと呼ぶ。年上の新人に接するうえでの彼なりの付き合い方なのだ。

4コーナーを先頭で回る。
馬券を持っている田部の声援は、ひときわ高いものになった。
その声援が3度繰り返される前に、他馬にかわされ、じょじょに着順を下げた。
人気のわりには、田部の声援に応えたほうだ。次走への期待も高まった。

「AJCCはネヴァブションから買う予定なんス」
ネヴァブションは早田牧場の生産馬で、修平とはいわば因縁の馬である。
ネヴァブションのことはだから誰よりも分かっている。
このレースでこの馬が、馬券に絡むことはない。
だからと言って、他人の馬券に口出しすることを修平はしない。

③ルーラーシップ、⑥トーセンレーヴ
⑨ゲシュタルト、⑩ツクバホクトー
竜太は4頭を選択した。
④ナカヤマナイトはここに焦点を絞っているらしいが、竜太にはよく見えなかった。
⑦ミステリアスライト、⑪サンテミリオンは何故走らないのかわからないが、見送るべきだろう。
⑧リッツィースターをどうするべきか迷っていた。

平安ステークスは②③⑩⑪⑫⑬⑮の7頭のBOXを3連単で購入した。 

<竜太の馬券>
AJCC
3連単 フォーメーション
③⑥>③⑥⑨⑩>③⑥⑧⑨⑩ 1000円×18点

平安ステークス
3連単BOX
②③⑩⑪⑫⑬⑮       100円×210点  
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1回中山6日目

2012-01-21 05:36:48 | 馬券
【佐々木竹見】
来週月曜日からの開催を控え、小向のあたりは慌ただしさを見せていた。
金曜日、夜が明ける前、霙(みぞれ)混じりの空模様を良太は睨んでいた。
平日の学校がある日は、一番に調教コースにでる。
これは他の関係者への配慮と、良太のことをあんじた調教師山本の判断である。
しかし今朝の天気を見た山本は、即座に良太の騎乗を禁止した。
川崎に来て初めての雨であり、万が一何かがあってからでは遅いのである。

調教には乗れなくても馬房の掃除や、厩舎周りの整理など雑用を終えて厩舎に戻ると、厩舎のストーブを囲んで、山本と客人が話をしていた。
「おお、天才ボーズ。おめの騎乗さ、楽しみにしてきたけ..」
東北なまりの痩せた老人は、良太の顔を見るなり話しかけてきた。
「佐々木先生だ、ご挨拶をしなさい」
「はい、柏木良太です、よろしくお願いします」
山本に「せんせい」と紹介されたことで、良太は佐々木を調教師と勘違いをした。
生涯成績7153勝、歴代通算成績日本第1位の佐々木竹見を良太は知らなかった。
「熱っちお茶、もう一つ..」
その身体からはアルコール臭さが漂っていた。聞けば、さきほどまで他厩舎の人間と呑んでいたそうで、齢70歳、ターフを離れても鉄人である。

24日(火)には今年で10回目の「佐々木竹見カップジョッキーズグランプリ」が開かれ、全国のトップジョッキがその腕を競う。

「おめも、見に来い」
佐々木に言われて、良太は困惑した。
「せんせい、それは無理だ。良太は学校だもの」
佐々木のなまりにつられて、山本までがなまり口調になり、それまで緊張していた良太はそのやり取りに思わず吹き出してしまった。

気がつけば、外は霙から雪に変わっていた。

<佐々木竹見氏は実在の人物ですが、この話は全くのフィクションです。>
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今週の戦績

2012-01-16 07:00:00 | 競馬
今週は竜太の馬券にならって、馬券を購入してみました。

土曜日は小倉のC.デムーロ騎手に注目です。
彼は2010年イタリアリーディングの2位、そして昨年は19歳にしてイタリアリーディングに輝いています。彼が昨年、南関東で短期免許を取得して騎乗していての結果だから、この成績がいかに驚異的なことか想像できよう。
騎手の身元引受人は栗東の笹田和秀調教師と吉田哲哉氏。
吉田哲哉氏はご存じ吉田照哉氏の息子で、社台も順次世代交換しています。


土曜日は出かけたこともあり、前売りで3鞍複勝と3連単を少々購入。

4レースの①サマーラグーンは2着で2.1倍。


10レースは竜太の馬券に乗って①カイシュウタビビトを購入するも4着。


10レースの保険として購入したのが、12レースで同じ領家政蔵厩舎の⑨カイシュウコロンボ。
1着、3.1倍。
このレースは③⑨⑩の3連単BOXを持っていたので(⑨③⑩は最終オッズ331.0倍)的中しても全然うれしくない。


先週のジャニュアリーS同様、3頭BOXは後悔することが多い。

そこで日曜日は4頭まで絞りました。6点で収まらず、買い目が増えてしまうのが問題なのですが、その結果が京成杯に繋がりました。
今週の追い切りを見た限りでは、⑦アドマイヤブルー⑧ベストディール、⑮マイネルロブスト、⑯アーデント以外は選択できませんでした。
竜太はこの4頭のBOXで24点購入していますが、私は勝ち馬を社台系と決めて以下のフォーメーションを購入しました。

1着⑧ベストディール、2着⑮マイネルロブスト、3着⑦アドマイブルー、4着⑯アーデントと完璧でした。
竜太とは1ケタ額が違うので、こちらの完璧に負けなのですが。

的中したことで日経新春杯を③⑫の2頭を1着づけで①②⑦⑪(③⑫)をフォーメーションで24点購入するも、残念ながら3着の⑨マカニビスティーが抜けてハズレです。

この穴埋めに購入したのが中山の最終レース。


②⑩①で22.7倍と目標まではチョット届かず。
①じゃなくて④だったらと思うところですが、蛯名正義騎手同様に三浦皇成騎手も好調なので、ここは致し方ないと諦めます。
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1回中山5日目

2012-01-15 10:18:13 | 馬券
【京成杯】

4万4千円。
柏木竜太はパソコンから残金を確認した。
昨日から残金が減っていないということは、父修平は昨日は馬券を買わなかったらしい。
京成杯は⑦アドマイヤブルー、⑧ベストディール、⑮マイネルロブスト、⑯アーデント。この4頭をBOXで3連単を投票した。

日経新春杯は①スマートロビン、③トゥザグローリー、⑦ビートブラック、⑫リベルタス。②スマートギアと⑪ダノンバラードの取捨に迷ったが、緩い展開になった時の②スマートギアの末脚は怖い。
フォーメーションで⑫リベルタスを1着づけで①②③⑦⑪を2着、3着づけとして投票した。


朝の調教が終わって、柏木修司は調教師の山本も呼ばれていた。良太と竜太を山本が預かるというものだった。確かに2LDKのマンションは、加納真唯子名義でもあり、兄弟ふたりを預かるには手狭だった。

柏木修司は福島で生まれた。
祖父の代から馬の生産を行っていた。一応は牧場という看板をたてているが、農業の傍ら馬を飼っている程度のものだった。
祖父が中山の調教師の伝手を頼って、馬の育成に本格的に移行したのが1970年。それから2年、ロングエースが日本ダービーを勝利した1972年7月9日に双子の弟として生まれている。その年に流行った馬インフルエンザで、牧場が危機的な状態になったとき、射し込んだ一縷の光だった。
同月誕生した田中内閣の日本列島改造論で、日本の社会は大きく変わっていく。そして翌年、登場したハイセイコーにより空前の競馬ブームが到来する。

だからといって修司の家が裕福なったわけではない。
家族だけのちいさな牧場の生産馬が中央の馬場を走ることはほとんどなく、地方競馬が活躍の中心だった。浪漫で馬を生産する家業を嫌い、家を飛び出した。
そのために家業を継いだのが、姉のひかりだった。

国立大学の医学部に合格していた才女は、進学の道を捨て、北海道の早田牧場に向かい、6年間の経験と鈴木修平を連れて実家に戻ってきた。
良太、竜太が生まれ、中央でも活躍する馬が出だして、牧場の経営も軌道乗ってきた矢先、両親が乗った車が事故に遭い亡くなった。悪いことは続くもので、ほどなくして早田牧場が破たんし、多額の金額を貸し出していた牧場は連鎖的に倒産となった。
牧場の代表となっていたひかりはその命をもって清算をした。

両親の死にも、姉の死にも自分が絡んでいる。
自分が家業を継いでいれば、姉にはもっと別の人生があったであろうと思うと、修司は贖罪の念にとらわれる。
そんな思いもあり、調教師の好意を、素直に受け入れる決断がつかなかった。

<柏木竜太の馬券>
京成杯   ⑦⑧⑮⑯ 3連単BOX 24点×1000円 
日経新春杯 1着⑫の①②③⑦⑪ 3連単フォーメーション 20点×1000円 
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1回中山4日目

2012-01-14 09:25:29 | 馬券
柏木良太、竜太の兄弟が、福島から川崎の叔父のもとに身を寄せて、一週間がたった。

朝、高層住宅の眼下に馬の群れを見ることができる。
多摩川沿いの一角に、並び立つ厩舎群と道を隔ててかたちどる調教コースだ。
竜太はその中に、兄良太の姿を見つけることができた。
叔父である、柏木修司は川崎競馬所属の厩舎で厩務員をしている。今朝はその叔父について調教に出かけた。良太も竜平も小さいときから馬には乗っており、馬の背は慣れたものだ。さすがに今日は、馬の背とはいかないが、調教をする馬たちを見守る姿を確認できた。

馬の吐く息が、上り始めた朝の光に照らされ、馬全体が光に包まれたシルエットになる。そんな姿を良太はじっと見つめている。この春、中学3年になる彼は、進路をすでに決めていた。というよりも自分が騎手になることは天命と信じていた。JRAの騎手候補生に応募するためには、父と北海道に行くよりも、都心で競馬環境がある叔父のもとを選択した。そんな良太に調教師である山本が隣で声をかけ、良太は元気よく返事を返した。

騎手が天命と信じる兄とは逆に、3歳下の竜太は自分の環境を因果と思っていた。
馬の世界にいても、貧しいだけで、自分にはもっと別な世界があると信じていた。
その夢がなんなのか、今はまだわからない。小学6年の彼にすれば当然のことだった。

叔父の彼女が作り置きしておいた、朝食を温め、スポーツ新聞を広げた。
小倉に向かった彼女が叔父と話しているのを思い出した。
「今週から短期免許で騎乗するデムーロを取材に出かけるの」
「クリスチャンは昨年こっちで乗っているが、その騎乗は折り紙つきだ。小倉レベルなら全部勝ってしまうじゃないか」

ならば人気の2レースを蹴飛ばして、10レースの1番の単勝を勝負する。
竜太はパソコンに向かって投票をすませた。
デムーロの弟にすこし自分を重ねたのかもしれない。
竜平はちいさくつぶやいた、「頑張れ、クリスチャン」。

<柏木竜太が購入した馬券>
2レースの⑧番単勝に2000円。
10レース①番単勝に3000円。

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1回中山3日目

2012-01-09 09:26:58 | 馬券
【フェアリーステークス】

加納真唯子は、水沢競馬場での皆川麻由美騎手の取材を終えて、車中の人となっていた。
盛岡まで戻り、その間に皆川騎手の引退の記事をまとめた。駅地下の「磯よし」で内容を読み返して送信をした。

競馬サークルの中で、女が生きていくのは難しい。30歳を前に鞭を置いた皆川。取り立てた成績があるわけではない。一様に女性騎手は騎乗馬に恵まれない。騎手に限ったことではない、女は男の倍、働かなくては男に認められない。
しかし皆川は家業を継ぎ、結婚をする。それはそれで羨ましい気もする。

日本酒を口に運びながら、競馬新聞を広げた。斜め向かいに座っていた男性が、そんな姿を目にとめた。「らしくない」といことだろう。
スマホで出馬表は確認できるのだが、こういう行為が好きなのだ。

中山のメインレースは3歳牝馬のフェアリーステークスだった。
この時期の3歳戦に出走して来ているようでは、将来性はしれたものだ。
社台ファームの⑬オメガハートランド、⑮シャンボールフィズ、④ダイワミストレス
ノーザンファームの⑪ラシンティランテ
白老ファームの⑦アイリスフォース
このあたりで決着するだろう。だが彼女たちには興味はなかった。

京都の淀短距離ステークスに出走する6歳牝馬に目を移した。
30歳を過ぎた真唯子には自分を重ねるものがある。もっとも自分がオープン馬の実力があるとは思っていないが。
⑨ワンカラットの57kgは酷に思えた。⑦シセイカグヤの方を軸にと思ったが、⑤セブンシークィーンの方に目がいった。和田竜二騎手に乗り替わっていたからだ。
「たつ年、5番か」
敷居が高いのは分かっているが、ここは勝負に出なくては。
酔うほどではないが、酒がはいったためかもしれない。

注文していた漁火丼が運ばれてきた。真唯子は新聞を折りたたみ、京都のメインレースの馬柱を読み返した。よくみれば海の香りがして、真唯子は小さく笑った。

<皆川真唯子の馬券>
三連複 ⑤⑦軸で総流し 500円×12点
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