私の知った事じゃないと
まるで昨日と同じように
咲く花や歌う鳥は
なんて美しいんだろう
まるで昨日と同じように
なんて美しいんだろう (dumb)
例えば。「〇〇は正しい」「〇〇は〇〇だよね」という理論や思想を共有する事に邁進して、
それが一つの群れだったり塊になっているのを観て違和感を覚えたり、「気持ち悪いなあ」とか「暴力的だなあ」とか
そんな事をナチュラルに感じるような人間にとってTHE NOVEMBERSの音楽って一つの“助け”のようなものなんですよね
周りを見渡せばどこもかしこも連帯感や同調ばかりで“個々の意志”“干渉ゼロの気持ち”が見えにくくなってるなあ、と
あくまで個人的な見方に過ぎないし、それが絶対だなんて100%思ってないですが、そんな風に「も」感じてる人間にとっては
ノベンバの音楽や歌詞に漂っている自主性だったり考える力を促すエネルギーだったり能動的な言葉の数々が端的に言って“救い”に変わる
つまりは自分が普段思ってる事、感じてる事をいっぱい吐き出してくれるからこそ、心の底からノベンバの音楽が大好きで
ぶっちゃけ一度も途切れることなく飽きる事もなく聴き続けられているのかもしれません。
暴力的な理論
理論的な暴力
なぁこの単調にさ
耐えられるか (Xeno)
強い方が悪いとか言う
流行病ヤバい (236745981)
本当はそれは違うんじゃないの?と思っていても中々口には出せないものです
正論であれば、誰かの思想をねじ曲げてもひん曲げても許される~といった(ように見える)理論は自分からするとただの“暴力”
それぞれで主張はすべきだけど、主張と「自分と他人(ひと)の考え方を同一化させるような働き」は全く別物だと感じます
誰かが誰かを(傲慢に)「変えてやろう」「意見を述べてやろう」とふんぞりかえって、
しかもそれが一部で恒常化しているようにも思える世の中ですから
こういう歌詞が光るのであって、
その意味じゃ個人的にはやっぱり「今の時代」に鳴らすべき音を鳴らすべき言葉をしっかりと鳴らしてくれてる
自分みたいな、言い方はアレですがある種の“はみだし者”(笑)にもちゃんと響くロック・ミュージックを奏でてくれてるなあ、と。
世の中には一定の“流れ”があり、その“流れ”に乗る事で、悪い言葉で書くと思考停止を遂げる事で得られる気持ち良さは確実にあり
それはそれで否定されるべきものだとは思わないけど、その「彼ら」が束になって塊になって“暴力”と化すなら話は別。
そうなる前に、ちゃんと自分で考えて、ちゃんと自分の中「だけで」答えを出して、ちゃんと自分の足で歩く事を促すような音楽。
だからこそ自分はここまでTHE NOVEMBERSの音楽を愛していているし単純に書くと自分の性格や性質に“似合ってる”んだと思います
それを改めて深く感じるような新譜に仕上がっていて、まあ回りくどい始まり方でしたがつまりは「Rhapsody in beauty」が大好き、って話ですね(笑
断念が奴らを
きつく野蛮に
結びつけるんだ (Xeno)
「これは本当だ」と
嘘を仕込まれ
「これは嘘だ」と
嘘を仕込まれたのかもしれない (236745981)
THE NOVEMBERSは今は完全に自主レーベルでインディペンデントな活動を送ってますけど、
その変遷が頷けるくらいに自主性や他人(ひと)の言葉に左右され過ぎない、その前に自身を太く持つ事を促すような歌詞が多いですね
それに加えて今回は分かりやすく殺伐とした、怒気を撒き散らすようなタイプの楽曲が多いので
その異議申し立て、違和感に対する反骨精神が伝わりやすい音像のアルバムになっているなあ、とも思います
冒頭から神妙なノイズ「だけ」を奏でている「救世なき巣」から始まり、
小林祐介のシャウトが炸裂する「Sturm und Drang」、
イントロの不協和音の時点で印象に残る「Xeno」は激しくもクールなスパイスも効いていて純粋に格好良いと感じられる仕上がり
個人的に上記の「断念が奴らを きつく野蛮に結びつけるんだ」っていうのは正にその通りであり、
自分でも知らず知らずの内に“加担”しちゃってたのかなあ、なんてふと感じた曲でもあります
だからこの曲に込められている主張は自分にとってはとても大切なものですね。
そして憤りに似た感情が響き渡る「Blood Music.1985」で前半のピークを迎えて、
これが意外と良かった「tu m'」の今作バージョン
既に一度アルバムに収録済みの曲なんで「どうなんだろう」って思ってたけど、これが良い具合にアクセントになってて凄くイイですね
新バージョンは歌も音もクリアにはっきりとしてる感じのアレンジで昔の「tu m'」とはまた違う味わいになっています
そして後々語りますが今作随一の名曲であるタイトル曲「Rhapsody in beauty」は、
ノイジーな部分と美メロを最高のバランスで融合させる事に成功している新たな代表曲!
自身の自覚のない“暴力”に気付かせるようなスピード感溢れる「236745981」も聴いてて胸が熱くなる一曲
個人的に一番初めに挙げたフレーズが物凄く大好きだと思えるシャウトナンバー「dumb」、
そして物憂げな心情やシビアな状況描写が美しい「Romance」は、
その名の通り過去一番と言っていいくらいロマンチックかつノスタルジックなアレンジに仕上がっていて胸がキュンとしますね
ちょっと退廃的な作中観もまた今の時代には(自分の心境的にも)似合っていて素敵なんじゃないかと思います
最後に収録されている「僕らはなんだったんだろう」は本当に骨だけのシンプルなメロディが光る楽曲
最初はそのあまりのシンプルさに戸惑いましたが、聴き込むと良い具合に沁みて来るのが粋でしたね
どこの誰がなんて言おうと
僕らはただのひとつの幸福だったんだよ
いつの間にかしかめっ面や疑念に満ちた顔で修行僧でもないのに修行僧みたいな顔して生きてる
でも本当は、そうじゃなかったよね、って
ただの「幸福」でしかなかったよね、って
それに気付いてよって
そんな風に呼びかけてくれるこのラストのフレーズはホントに素晴らしいな、と聴く度に強く思います
好きなものを愛して、自身が美しいなと思うものにただ素直に純粋に触れて、本当ならそれ「だけ」で良かったはずで。
そこに付随する様々な外的要因なんて元々なかった不必要なものなんだよってこの曲を聴いてると強く感じます。
より激しさとクールさが「同居」出来ている分かりやすく不満や怒りをぶち撒ける曲から、
甘酸っぱいメロディが胸を打つ穏やかかつシビアな作中観も光る誠実なバラッドまで
コントラストが効いてるというか、バランスが良いと言うか
ラフで自棄的なノベンバも、
美メロをしっとりと奏でるノベンバも同じくらいの分量で味わえるようなアルバムだと思います
前作「zeitgeist」は未だに大傑作だと思ってるけど、それをもっと伝わりやすく仕上げたのが今作って気はします
挑発的で不敵でギラギラした曲も、ノベンバらしい美意識に満ちたしとやかな楽曲も両方クオリティの高さを感じているので
是非今作も受け入れられて欲しいな、って今素直に思っています。
実はアルバムツアーには都合が悪くて行けなかったので、その分今年はもっとノベンバを生で感じたいな、って考えてますね。
最後に、このアルバムには今後ずっと自分の中で一つのアンセムになるであろう「Rhapsody in beauty」という楽曲が入っています
この曲の歌詞を自分なりに噛み砕いて解釈するならば、
自由を求めて、
しがらみから外れて、
それで自分は良かった、これで正解だったんだと思ってたとしても
実はそんな不自由の中で、しがらみの中で得られたはずのものが確実にあって
手放しでその自由を喜べるほど実は素晴らしいものじゃないんだよ、っていう
ある種残酷な情景が描かれている楽曲で
そのテーマも好きだし、
本当は失うべきじゃなかったものを失っていた自分にも気付かせてくれるし、
自由=孤独、って変えようのない拭い切れない事実をきっぱりと美しく描いてくれている名曲だと思います
そこに付随している喪失感だったり、言いようのない空しさ・・・のような感情に触れるのが、または心境を確認するのがとてもツボでかつ痛みもあって
なんだか他人事とは思えないような一曲で去年からずっと繰り返し聴き続けていた楽曲の一つでした。
「いつか彼の捨てた」
いつか自分が捨てたその不自由の中で
きっちりと幸せになっていて楽しそうな人を眺めている
それを眺める度に心の中では惨めだったり悔しい気持ちを抱えていた
だけど、
それは結局いつか自分が捨てた
自らの手で破り去ったから
だから、
今のこの状況は“必然”
それで生きていくのが“現実”なんだと
その拭い切れない痛みや空しさ、そして“自分自身”を描いてくれてるこの曲が今作でも随一にお気に入りです
きっと、自由って云う名の孤独に包まれてる人が聴いたら感情移入出来る曲なんじゃないでしょうか。
冬の時期にも似合うような凍てついた雰囲気や、
壮大なメロディライン、
なのにも関わらずバックでは決してキレイだけじゃないアレンジが光っていたり
最後には小林祐介渾身の叫びが聴けたりと近年のノベンバのストロングポイントを凝縮したような楽曲に仕上がっていて
個人的に大好きだと言わざるを得ない、そう思い切り書きたいような一曲になっているのでした。
なんだかすっごく寂しい気持ちにもなるけど、同じくらい温かい気持ちにもなれる。
そんな不思議なアンセムであり今後代表曲になっていくだろう素敵な曲ですね。
このように、真ん中に芯となるキラーアンセムがどっしり据えられてるのも今作を「大好き」だと思える要因なんじゃないかと。
今年は是非ライブで聴きたいですね。