「必要とする女性に届かない」 日本の緊急避妊薬
【AFP=時事】望まない妊娠を回避するための緊急避妊薬(アフターピル)。性行為後72時間以内に服用すれば高い確率で妊娠を防げるとされているが、有効な時間内に日本でそれを手に入れることは決して容易ではない。太田恵(Megumi Ota)さん(43)も服用することができなかった。 「緊急避妊薬を飲みたかった、買いに行きたかったんですけれども、土日を挟んでしまったことや(中略)調整がつかないシフト制の仕事でクリニックに行けなくて、72時間以内の服用というのができなくて」とAFPに語った。「結局、運任せになってしまって、そのまま妊娠してしまった」 日本では緊急避妊薬の購入に医師の処方箋が必要だ。大半のクリニックが休診している週末を挟んでしまうと72時間以内の服用は難しくなる。保険も適用されないため、高い場合は2万円程度の費用がかかる。 そして中絶薬が承認されていない日本では、ひとたび妊娠してしまえば、金属やプラスチックの器具を使った外科的な処置が唯一の選択肢となる。 もともと避妊に協力的でなかった当時のパートナーに妊娠したことを伝えると、反応は冷淡だった。太田さんは中絶手術を受けるしか仕方のない状況に置かれた。 「『緊急』とついている以上、お休みのクリニックのドアをたたいて、お薬くださいと言ってくれるんだったらいいですけど、そういうわけでもないので、非常に手に入れられない状況だと思います。なんのための『緊急』なのかな」 政府は昨年10月、医師の処方がなくても薬局で緊急避妊薬が購入できるようにするべきかについて本格的な議論を開始した。北米や欧州連合(EU)加盟国の大半、アジアの一部の国々などでは薬局での販売・購入が認められている。しかし、日本で積極的にアクセスを改善しようという産婦人科医は少ない。 厚生労働省の評価検討会議に提出された産婦人科医を対象にした調査によると、賛成の立場を示したのは8%以下、約半数が条件付きで賛成、4割以上が反対の立場を示している。性教育の不備や、緊急避妊薬が入手しやすくなるとコンドームの使用率が低下し、性感染症のリスクが高まる可能性などを懸念として挙げている。 日本の医療技術は世界トップクラスだが、世界経済フォーラム(World Economic Forum)の男女格差(ジェンダーギャップ)指数ランキングは156か国中120位だ。ジェンダーギャップ指数の評価対象には医療へのアクセスも含まれている。 太田さんは現在、妊娠や人工妊娠中絶、性暴力、ドメスティックバイオレンス(DV)など、性に関する傷つき体験を持った女性たちの自助グループを運営している。 「決定権がなぜか女性主軸ではなく、他の人に委ねられてしまっている。本当の意味で女性が自分の体を守ることにつながっていない」と話す。 避妊を含め性の健康に関する啓発活動を行うNPO「ピルコン(PILCON)」代表・染矢明日香(Asuka Someya)さん(36)は、日本の医療界では「女性を管理下に置いて指導するというようなパターナリズム(父権主義)が強い」と話す。 緊急避妊薬を入手しやすくすれば、若い女性が転売など悪用するかもしれないという不信感があるという。緊急避妊薬は、薬剤師の面前で服用しなければならない日本で唯一の薬だ。 ■安全な中絶は大切な権利 中絶の権利をめぐる議論は、世界的にも社会を分断する最大の論点の一つとなっている。米国では最近、連邦最高裁判所が、女性の人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド(Roe vs. Wade)判決」を覆す判断を下した。 日本では1948年に制定された優生保護法(現・母体保護法)によって中絶が合法化され、中絶実施は通常妊娠満22週未満まで認められている一方、配偶者やパートナーの同意を必要とする。例外が認められているのは、レイプやDVによる妊娠、あるいは配偶者・パートナーが死亡・行方不明の場合のみだ。 現在、人工妊娠中絶手術にかかる費用は約10万~20万円で、妊娠中期12週以降の場合はさらに高額になる。 英製薬会社ラインファーマ(Linepharma)は昨年、厚労省に対し、妊娠初期に使用可能な経口中絶薬の国内使用を認めるよう申請した。 バイエル薬品(Bayer Yakuhin)と東京大学(Tokyo University)は2019年、15~44歳の日本人女性の予定外妊娠は年間推計61万件に上るとの調査結果を発表した。 学生時代に中絶手術を経験した染矢さんは「すごく怖かった」と話した。中絶するにしても、もっといろいろな選択肢を安心して選ぶことができれば良かったとも述べた。 日本では、女性が能動的に使える避妊方法の選択肢も限られており、男性主体のコンドームが圧倒的に多い。低用量ピルは申請から何十年もかかって1999年にようやく承認された。男性機能不全(ED)治療薬バイアグラがわずか6か月で承認されたのとは対照的だ。 国連のデータ(2019年)によると、フランスでは約3割、タイでも2割近くの女性が使用している低用量ピルの日本での使用率は2.9%だ。 子宮内に挿入することで妊娠を防ぐIUDという器具にいたっては、0.4%の使用率にとどまり、避妊インプラントや避妊注射、避妊パッチといった選択肢は承認すらされていない。 女性が予定外の妊娠に直面し出産を望まない場合、安全な中絶を受けられることは大切な権利だと、染矢さんは考えている。 ■「ここから変えていかなければ」 「緊急避妊薬を薬局でプロジェクト」共同代表を務める産婦人科医の遠見才希子(Sakiko Enmi)さんは、政府は緊急避妊薬へのアクセス改善を早期に実現するべきだと主張する。 ノルレボ錠(後発薬はレボノルゲストレル錠)は排卵を抑制、または受精卵の着床を阻害する緊急避妊薬で、日本では10年以上前に承認されている。オンライン診療が可能だが「本当に必要とする人に届いていない」と遠見氏は指摘する。 緊急避妊薬を処方箋がなくても薬局で購入できる「要指導・一般用医薬品」とすることは、2017年の厚労省の検討会においても見送られた。 「産婦人科医のための薬ではなく、女性のための薬だから、女性自身が自己決定できるようにしていかなければいけない。そういう当たり前のことが、これまで国の議論でされてこなかったということは本当に絶望を感じました」と遠見さんは話す。 「でも、ここから変えていかなければいけない」 【翻訳編集】 AFPBB News