認知症減ってフレイル増 20年後の日本、格差拡大 東京大チームが推計 「医療新世紀」
2022年7月12日 (火)配信共同通信社
約20年後の2043年にかけて国内の認知症の数は緩やかに減少するものの、心身の機能が低下する「フレイル(虚弱)」の患者が高齢化に伴って増加し、全体として多くの介護費が必要になるとの推計結果を、東京大の橋本英樹(はしもと・ひでき)教授(保健社会行動学)らの研究チームがまとめた。認知症の数は国などの従来推計を下回るが、女性や学歴の低い人の有症率が上昇して格差が拡大する懸念がある。橋本さんは「将来を見据え、みんなが参加できて誰も取り残されることのない包摂的な社会づくりを今から進める必要がある」と訴える。
▽教育歴
社会の高齢化が進むと認知症が増えるというのが一般的な理解。発症率が将来も変わらなければ、高齢者全体の数が増えるので有症者も増えるという理屈だ。
「ただ海外の研究では認知症の発症率はこれから低下していくとの考え方が常識になりつつある」と橋本さん。「背景にあるのが戦後の教育水準の高まり。教育歴が高い人ほど認知症になりにくいことが明らかになってきた」と話す。
現在の80歳は戦前生まれだが、今後は高齢者のほとんどを戦後世代が占めるようになる。これが認知症の増加を押しとどめる要因になるという。
厚生労働省などは40年に800万~950万人が認知症になるとの推計を用いているが、これには教育の要因が考慮されていない。橋本さんは新たな手法を開発し、認知症とフレイルの将来予測を試みた。
▽高齢人口を再現
ベースにしたのは厚労省が3年ごとに本格実施する国民生活基礎調査。年齢や性別ごとの持病の有無や、生活習慣や教育歴などが分かる。このデータを使って国内4500万人の60歳以上の高齢者人口をコンピューター上で仮想的に再現し、16年から43年までの変化をシミュレートした。
認知症とフレイルの数を正確に見積もるには、より詳しいデータが必要。認知症は橋本さんが手がけた高齢者調査を、フレイルは東大の飯島勝矢(いいじま・かつや)教授が千葉県柏市で実施した調査を利用した。
すると認知症は16年の約510万人から徐々に減少し、30年前後に500万人を下回って、43年には約465万人まで減るとの結果が出た。逆にフレイルは16年の約413万人から増え続け、43年には約524万人と認知症を上回ることが分かった。
橋本さんは「全体として認知症が減ってお年寄りが元気になる一方、長生きして80代や90代の人が増えるためフレイルが目立つようになる」と解説する。
▽社会変革を
一方で認知症に関しては深刻な課題が浮かび上がった。大卒以上の男性では有症者が減るものの、女性と大卒未満の男性ではむしろ増加が見込まれる。「子どもの時に教育機会に恵まれないことがその後の職業選択や所得面での不利につながる。小さな差が積み重なって大きな格差となり、認知症という形で表れる」
高齢者の医療費や介護費の増加も心配材料。橋本さんが分析すると、認知症は数が減るため急激な増加はなさそうだが、フレイルについては患者が増えて介護費が大きく膨らむ可能性がある。
「国の認知症対策のあり方や投資バランスを考え直すべき時に来ている。格差を次世代に先送りしないために今すぐ行動すべきだ」と橋本さん。「経済的に恵まれない人の教育機会を増やして活躍の場を広げ、女性がもっと自己実現できる社会に変革していく必要がある。単にモラルの問題ではなく持続可能な社会をつくるチャンスと捉えるべきだ」と強調する。(共同=吉村敬介)