新型コロナ:新型コロナ 同僚医師残し競技場へ スポーツドクター板挟み 喜び一転「役割を粛々と」
アスリートを裏で支える一方、病院では新型コロナウイルス感染症と闘う同僚たちがいる。緊急事態宣言下で行われている東京オリンピックで、競技の場に身を置くスポーツドクターは板挟みになっている。30日から始まる五輪の陸上競技で医事委員を務める慶応大医学部スポーツ医学総合センターの世良泰助教(33)は、どのような思いで現場に立つのか。
陸上競技のスタートを翌日に控えた29日、世良さんは国立競技場に隣接した練習場にいた。医事委員としての仕事はこの日が初日で、感染症対策ができているか気がかりだった。五輪開幕後、感染者数は増加の一途をたどり、過去最多を更新した。深刻さが増す状況を「街中の人出は変わらず、感染者が増えることは予測できた。無観客にしてまだ抑えられている方だ」とみている。
「粛々とやるしかない」。大会開催が迫る15日に取材した世良さんは複雑な心境を語っていた。前日は米大リーグのオールスター戦があり、エンゼルスの大谷翔平選手(27)が史上初の投打「二刀流」による同時出場を果たし、日本中がくぎ付けになったばかり。五輪は同じスポーツなのに盛り上がりに欠けていた。
大谷選手への注目を引き合いに「スポーツは本来明るく楽しく観戦するもののはずだ」と語る。世良さんも五輪開催が決まった時は喜び、大会に関わることができればと考えていた。今は「状況が状況ですから。『仕事』としてやりますよ」と静かに役割を果たすつもりでいる。東京五輪の観客受け入れを巡っては、上限1万人にした後、開幕日の約2週間前に無観客に変更するなど政府の迷走が目立った。「政府の対応がネガティブな雰囲気を生んでしまった。最後までグズグズして観客の受け入れ人数を決められず、もっと早く判断ができたのでは」
感染症対策への不安は尽きない。感染力の強いデルタ株の感染者も国内で増加している。無観客でも選手や大会関係者が集まる以上は、リスクは変わらないと感じていた。「人の流れに比例して感染者、重症者が増える」。その見立ては的中してしまった。
医療体制が切迫する中、大会組織委が会場の観客用医務室のスポーツドクター200人を無償で募集して批判を浴びた時期もあった。そもそも、スポーツドクターとはどのような仕事なのか。
日本スポーツ協会など主に四つの団体がスポーツドクターの資格を認めている。整形外科医などが多く、チームドクターとしてけがの相談に乗るものの、専属ドクターは少ない。病院や大学勤務との二足のわらじを履く人がほとんどだ。世良さんが関わる陸上競技は五輪期間中、日本陸上競技連盟所属の医事委員がフィールドに常駐し、けがの対応に備えるという。
コロナ感染拡大が不安視される中、世界のアスリートがしのぎを削る場に身を置く世良さん。「選手たちに罪はない。自分も始まるからには役割を果たすだけだ」と落ち着いて語った。【島袋太輔】