Mars&Jupiter

おおくぼっちの屋根裏部屋へようこそ!

アーノルド・バックスのバレエ音楽「ロシアの踊り子の実態」を聴く

2013-06-08 17:38:38 | アーノルド・バックスの作品
昨日はウォーキングを休みました。
今回とりあげるのは、1883年生まれのバックスの作品の中で、
1920年に作曲されたバレエ音楽「ロシアの踊り子の実態」である。
ジェームス・マシュー・バリーの劇作品によるものである。
聴いたCDはブライデン・トムソン指揮、
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団による。
第1部は、力強く堂々とした感じの序曲から始まる。
ロシア民謡風の旋律が繰り返され、最後力強く終わる。
続く「カリッシマの入場」の部分は、優雅な舞曲風の旋律が流れていく。
そのあとも優雅な舞曲風の音楽が続いていく。
「結婚の儀式」では鐘が鳴り響き、金管楽器により華々しく始まり、
その後の荒々しい感じの部分は、ロシア風である。
「荒々しい夜」は、まさにその様子をティンパニと弦楽器、
金管楽器で描写していて、そのあとのファゴットのソロが特徴的である。
やがて行進曲風に曲は進行し、再び荒々しい夜の感じが描写され、
「時計が12時を叩く」ではその音が描写される。
そして、舞曲風の音楽が繰り返されて終わる。

第2部は、「母親たちの踊り」から始まる。
おだやかな感じの叙情的な音楽である。
ロマンティックなバックスらしい音楽である。
続く「カリッシマの葬式」は、弦楽器のおごそかな感じの旋律に、
オーボエが絡んで始まり、弦楽器と木管楽器中心に曲は進行していく。
「子どもの踊り」は、アレグレット・ヴィヴァーチェの軽快な舞曲である。
中間部に華やかに盛り上り、最後トランペットが鳴り響いて終わる。
「カリッシマの告別」はロシア民謡風の旋律が繰り返されていく。
叙情的な旋律で美しく、金管楽器と打楽器も加わり盛り上ったあと、
ヴァイオリンやファゴット、フルートなどが活躍し、
弦楽器中心におだやかな旋律が奏でられ、最後静かに終わる。
「フィナーレ」は軽快な旋律が奏でられて始まり、
金管楽器と打楽器で華やかな音楽となり、最後力強く終わる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アーノルド・バックスの「ケルト語の詩歌」を聴く、そして片倉町から和田町まで歩く

2013-06-07 06:24:14 | アーノルド・バックスの作品
昨日は片倉町から和田町まで歩きました。
昨日聴いたのは、1883年生まれのバックスの作品の中で、
1904年に作曲された歌曲「ケルト語の詩歌」である。
歌詞はフィオナ・マクラウド(ウィリアム・シャープ)によるもの。
聴いたCDはジーン・リグビーのメゾ・ソプラノ、
マイケル・デュセクのピアノ伴奏による。
なお、曲名は訳してみたものの、自信はありません。
第1曲は、「エリィ、わたしの子ジカ(Eilidh my Fawn)」は、
短いピアノの前奏に続き、ソプラノが民謡風の旋律を歌っていく。
第2曲「閉ざされた部屋(Closing doors)」は、
ドラマティックな歌であり、静かな部分と盛り上がりの部分を繰り返す。
第1曲と同じくEilidh(エリィ)ということばが繰りかえされる。
第3曲「私のものである汝の黒いまなざし(Thy dark eyes to mine)」は、
軽快なピアノ伴奏に始まり、ソプラノが軽やかに歌って始まる。
最後ドラマティックに盛り上って終わる。
この題名はCDではThe dark eyes to mineとなっているが、
Thy dark eyes to mineが正しいのだろう。
第4曲「ケルトの子守歌(A Celtic Lullaby)」は、
この作品の中では一番演奏時間が長い曲であり、
ゆったりと情感こめて4節ならなる愛する子への子守歌が歌われる。
第5曲「最後に(At the last)」は、ピアノの重々しい前奏に続き、
ソプラノが歌い、最後は「今後永遠に?(Forevermore?)」と歌い、
ピアノだけが残り、深遠な感じでおだやかに終わる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アーノルド・バックスの「市場の少女」を聴く

2013-06-06 07:13:00 | アーノルド・バックスの作品
昨日はウォーキングを休みました。
今回とりあげるのは、1883年生まれのバックスの作品の中で、
1922年に作曲された歌曲「市場の少女」である。
歌詞はトマス・ハーディによるもの。
聴いたCDはイアン・パートリッジのテノール、
マイケル・デュセクのピアノ伴奏による。
短いピアノ伴奏に続き、テノールが歌う旋律は民謡風である。
丸石のへりに立っている彼女に気づく者はいない。
といった意味の詩で始まる2分足らずの短い曲である。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アーノルド・バックスの 「Milking Sian」を聴く、そして片倉町から和田町まで歩く

2013-06-05 06:37:25 | アーノルド・バックスの作品
昨日は片倉町から和田町まで歩きました。
今回とりあげるのは、1883年生まれのバックスの作品の中で、
1907年に作曲された歌曲「Milking Sian(乳を搾るシアン)」である。
歌詞はウィリアム・シャープによるものだが、
題名の訳し方がわからないのでとりあえず訳してみたが、自信はないです。
Sianは何と訳すのかなあ?辞典にでは西安と出てくるがそうじゃないだろうし。
聴いたCDはジーン・リグビーのメゾ・ソプラノ、
マイケル・デュセクのピアノ伴奏による。
おだやかな旋律がピアノにより奏でられ、
ソプラノが牧歌的な情景の歌詞を歌っていく。
Give up thy milk to her who callsという歌詞が、
冒頭から4回現れ、そのことばで最後静かに終わる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アーノルド・バックスの 「わたしたちが途方にくれた時」を聴く、そして三ツ境から二俣川まで歩く

2013-06-04 07:21:56 | アーノルド・バックスの作品
昨日は希望が丘駅から三ツ境まで行き、
そして二俣川までまで歩きました。
今回とりあげるのは、1883年生まれのバックスの作品の中で、
1905年に作曲された歌曲「わたしたちが途方にくれた時」である。
歌詞はアーノルド・バックス自身によるもの。
聴いたCDはイアン・パートリッジのテノール、
マイケル・デュセクのピアノ伴奏による。
やや長いピアノ伴奏に続き、
テノールが「わたしたちが途方にくれた時」と歌って始まる。
この「わたしたちが途方にくれた時(When we are lost)」が、
2回目に現れ、曲はドラマティックに盛り上っていく。
そのあとはおだやかな感じになり、運命の容赦ない仕打ちが歌われ、
「わたしたちが途方にくれた時(When we are lost)」が、
2回繰り返されて、最後は静かに終わる。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする