<佐原の町並みを歩く(1)>
道の駅「水の郷さわら」の広い駐車場に車を停めた。
莫迦でかい道の駅で、裏手にはマリーナがありここから観光船やらカヌーやモーターボートで利根川を舟巡りで楽しめる。
佐原の古い町並みまで、この道の駅から徒歩で十五分くらいだから駐車料金を浮かせるために歩くことにした。
国道脇に広がる畑のなかの道を抜け、成田線の線路を渡る。
ところで「佐原」という地名だがどうしてもつい「さはら」と読んでしまい、なかなか「さわら」とは読みにくかった。なんでも古代より香取神宮の祭典に使用する土器「浅原(さわら)」を造って納めていたことに由来するそうだ。
香取神宮に続く香取街道に出たら右に曲がり信号を渡ればそろそろ町並みが始まりだした。鹿島神宮の帰りに香取神宮に寄ったことがあるのだが、この町並みの存在はそのころ知らなかったのであった。
毎年七月の佐原の大祭(祇園祭)で知られる八坂神社である。
境内に「水郷佐原山車会館」があり、大祭で使われる実物の山車(だし)や大人形が展示されている。
街道沿いには、いかにも年季の入ったシブい木造町屋や蔵造りの店舗が並ぶ。
どっしりと落ち着いた洋風建築もある。
「えっ、あぶり餅!?」
まさか、わたしの大好物の京都今宮神社のあぶり餅を売っているのだろうか。帰りに必ずチェックしてみようと頭のなかのメモに叩き込む。
香取街道と交差する小野川に架かる忠敬(ちゅうけい)橋あたりの川沿いがなんとも風情ある。
この地が輩出した偉人である伊能忠敬の名前、忠敬は「ただたか」と読むのが正しいが地元では愛着をこめて「ちゅうけい」と読むそうだ。
川沿いの景色は後回しにして、ひたすら先に歩いていく。この先に目当ての蕎麦屋があるからだ。
(おっ、あった。しめた、まだ店の前に行列がないぞ)
この「小堀屋本店」、創業はなんと江戸後期の天明二年(1782年)というから、驚くほどの老舗の蕎麦屋なのだ。
― 続く ―
→「鹿島神宮」の記事はこちら
道の駅「水の郷さわら」の広い駐車場に車を停めた。
莫迦でかい道の駅で、裏手にはマリーナがありここから観光船やらカヌーやモーターボートで利根川を舟巡りで楽しめる。
佐原の古い町並みまで、この道の駅から徒歩で十五分くらいだから駐車料金を浮かせるために歩くことにした。
国道脇に広がる畑のなかの道を抜け、成田線の線路を渡る。
ところで「佐原」という地名だがどうしてもつい「さはら」と読んでしまい、なかなか「さわら」とは読みにくかった。なんでも古代より香取神宮の祭典に使用する土器「浅原(さわら)」を造って納めていたことに由来するそうだ。
香取神宮に続く香取街道に出たら右に曲がり信号を渡ればそろそろ町並みが始まりだした。鹿島神宮の帰りに香取神宮に寄ったことがあるのだが、この町並みの存在はそのころ知らなかったのであった。
毎年七月の佐原の大祭(祇園祭)で知られる八坂神社である。
境内に「水郷佐原山車会館」があり、大祭で使われる実物の山車(だし)や大人形が展示されている。
街道沿いには、いかにも年季の入ったシブい木造町屋や蔵造りの店舗が並ぶ。
どっしりと落ち着いた洋風建築もある。
「えっ、あぶり餅!?」
まさか、わたしの大好物の京都今宮神社のあぶり餅を売っているのだろうか。帰りに必ずチェックしてみようと頭のなかのメモに叩き込む。
香取街道と交差する小野川に架かる忠敬(ちゅうけい)橋あたりの川沿いがなんとも風情ある。
この地が輩出した偉人である伊能忠敬の名前、忠敬は「ただたか」と読むのが正しいが地元では愛着をこめて「ちゅうけい」と読むそうだ。
川沿いの景色は後回しにして、ひたすら先に歩いていく。この先に目当ての蕎麦屋があるからだ。
(おっ、あった。しめた、まだ店の前に行列がないぞ)
この「小堀屋本店」、創業はなんと江戸後期の天明二年(1782年)というから、驚くほどの老舗の蕎麦屋なのだ。
― 続く ―
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