<埼玉・熊谷、星渓園とフライ焼そば>
(あと、開店まで50分か・・・)
腕時計をみて思わず呟く。
熊谷駅から“熊谷桜”が咲く石上寺に行く途中で発見した、“行田フライ”が食べられる(ついでになんと缶ビールとか缶酎ハイも呑めちゃって、もしかしたらスパスパ喫煙できるかもの)ゴキゲンな食堂である。
“星渓園”でけっこう時間を潰したはずなのに、まだ小1時間も待たねばならないとは・・・。
石上寺のすぐ隣にある“星渓園(せいけいえん)”は、慶応から明治にかけて熊谷市の発展に功績を残した“竹井澹如(たけいたんじょ)”翁が設けた別邸である。
「玉の池」を中心に木や竹を植え、名石を集めて回遊式庭園をつくられている。昭和初期、この地を訪れた“前大徳牧宗”禅師が、この別邸を「星溪園」と命名した。
その後、昭和25年に熊谷市が譲り受け、市の名勝として指定された。入園は無料で、建物など施設を利用する場合は有料となる。
元和9年(1623年)から豊富な湧き水を湛え、星川の水源だった「玉の池」だが、昭和30年代には湧き水が枯れ、現在は取水した大里用水・成田用水を暗渠を経て利用することで安定した水位を保っている。
玉の池を囲むように散策路があり、四季折々の風景を楽しむことができる。
(この茶室で、一服して暇潰しできればいいのになあ・・・)
園内には、星溪寮、松風庵、積翠閣の3つの建物があり、お茶会などの文化教養の場として利用できる。
(この街は朝寝坊だな・・・)
熊谷の街をぶらぶらして思った。どの店も開店が11時過ぎと遅い。
なかには「深夜食堂」という、どこかで聞いたような店もあって興味を惹かれたが、もちろん営業していなかった。
「助さん格さん、もォーいいでしょう!」
自分に言い聞かせるように呟くと、5分前を承知で店内に一歩踏み込む。
「うちは11時からなんですけどォ・・・」
そんなの知っておるわい、こちとら1時間ちかく待っとるんだ。
まったく区役所や三越とか銀行じゃあるまいし。なぜ「いらっしゃいませ」と言えないんだろう。あるいは「空いてる席にどうぞとりあえず座ってくれ」とか。
もう少しだけ待てばいいのね、とぶつぶつ言いながら店を出ると、チェックしてあった隣の店に向かう。頑固な店には、対抗上こちらも頑固で我が儘な客になるのだ。
「福乃家」の暖簾をくぐり、「いいですか?」と訊けば「どうぞ」と応える。これだよ、これだって。
席に座り、壁のメニューをみつめる。そこには、悩むほどの品数はなかった。
「フライ焼そばをください!」
愉しみにしていた酎ハイは残念ながらこの店にはなかったが、この際運ばれてきたお茶でいいや。
初めて食べる合体した“フライ焼そば”が運ばれてきた。
箸でヨイショと持ちあげ、齧り付く。
「うん、旨い!」
フライの中の焼きそばをなんとか映そうと、箸2本をナイフとフォークのように使ったがうまくいかない。貧乏くさくてどうにも見苦しい絵ヅラ(ビジュアル)になってしまった。
そういえば前回、忍城の近くの「ときわ」では、ソース焼そばとフライを別々で注文したっけな。画像をモノするには別々の皿にしたほうが具合が良かったようである。
それにしても行田のソウルフードの“フライ”と“焼きそば”は、横浜生まれのわたしにさえ、魔法のように子どものころを鮮やかに思いださせてくれる、たまらなく懐かしい味だ。
→「読んだ本 2023年5月と6月」の記事はこちら
→「埼玉・熊谷、石上寺の熊谷桜」の記事はこちら
(あと、開店まで50分か・・・)
腕時計をみて思わず呟く。
熊谷駅から“熊谷桜”が咲く石上寺に行く途中で発見した、“行田フライ”が食べられる(ついでになんと缶ビールとか缶酎ハイも呑めちゃって、もしかしたらスパスパ喫煙できるかもの)ゴキゲンな食堂である。
“星渓園”でけっこう時間を潰したはずなのに、まだ小1時間も待たねばならないとは・・・。
石上寺のすぐ隣にある“星渓園(せいけいえん)”は、慶応から明治にかけて熊谷市の発展に功績を残した“竹井澹如(たけいたんじょ)”翁が設けた別邸である。
「玉の池」を中心に木や竹を植え、名石を集めて回遊式庭園をつくられている。昭和初期、この地を訪れた“前大徳牧宗”禅師が、この別邸を「星溪園」と命名した。
その後、昭和25年に熊谷市が譲り受け、市の名勝として指定された。入園は無料で、建物など施設を利用する場合は有料となる。
元和9年(1623年)から豊富な湧き水を湛え、星川の水源だった「玉の池」だが、昭和30年代には湧き水が枯れ、現在は取水した大里用水・成田用水を暗渠を経て利用することで安定した水位を保っている。
玉の池を囲むように散策路があり、四季折々の風景を楽しむことができる。
(この茶室で、一服して暇潰しできればいいのになあ・・・)
園内には、星溪寮、松風庵、積翠閣の3つの建物があり、お茶会などの文化教養の場として利用できる。
(この街は朝寝坊だな・・・)
熊谷の街をぶらぶらして思った。どの店も開店が11時過ぎと遅い。
なかには「深夜食堂」という、どこかで聞いたような店もあって興味を惹かれたが、もちろん営業していなかった。
「助さん格さん、もォーいいでしょう!」
自分に言い聞かせるように呟くと、5分前を承知で店内に一歩踏み込む。
「うちは11時からなんですけどォ・・・」
そんなの知っておるわい、こちとら1時間ちかく待っとるんだ。
まったく区役所や三越とか銀行じゃあるまいし。なぜ「いらっしゃいませ」と言えないんだろう。あるいは「空いてる席にどうぞとりあえず座ってくれ」とか。
もう少しだけ待てばいいのね、とぶつぶつ言いながら店を出ると、チェックしてあった隣の店に向かう。頑固な店には、対抗上こちらも頑固で我が儘な客になるのだ。
「福乃家」の暖簾をくぐり、「いいですか?」と訊けば「どうぞ」と応える。これだよ、これだって。
席に座り、壁のメニューをみつめる。そこには、悩むほどの品数はなかった。
「フライ焼そばをください!」
愉しみにしていた酎ハイは残念ながらこの店にはなかったが、この際運ばれてきたお茶でいいや。
初めて食べる合体した“フライ焼そば”が運ばれてきた。
箸でヨイショと持ちあげ、齧り付く。
「うん、旨い!」
フライの中の焼きそばをなんとか映そうと、箸2本をナイフとフォークのように使ったがうまくいかない。貧乏くさくてどうにも見苦しい絵ヅラ(ビジュアル)になってしまった。
そういえば前回、忍城の近くの「ときわ」では、ソース焼そばとフライを別々で注文したっけな。画像をモノするには別々の皿にしたほうが具合が良かったようである。
それにしても行田のソウルフードの“フライ”と“焼きそば”は、横浜生まれのわたしにさえ、魔法のように子どものころを鮮やかに思いださせてくれる、たまらなく懐かしい味だ。
→「読んだ本 2023年5月と6月」の記事はこちら
→「埼玉・熊谷、石上寺の熊谷桜」の記事はこちら
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