<別府・鉄輪温泉連泊⑤>
⑤地獄蒸し
9号室の謎の隣人が長逗留するほどはまってしまった「地獄蒸し(地獄炊事)」
だが、陽光荘では、一階と二階に地獄蒸しができる設備がある。
こちらが一階の炊事場だ。
二階のほうが、陽光がはいっていて明るい。
地獄炊事(なんとも凄い)の所要時間の目安だが次のような注意書きがあった。
鉄輪温泉の地獄蒸しは、温泉成分のなかの塩分が他の温泉より濃いため、それが
食材にほどよくしみてたいそう美味しいそうである。
どうやら陽光荘では料理教室も開いているようだ。
三日目の夕方に宿に帰ると、女将が近所の主婦たち(と思う)に地獄蒸しの料理
をレクチャーしていた。
佳境にはいって悪いなとも思ったが、待ちきれないわたしは、途中で中断して
もらい三泊分の支払いを済ませたのだった。安い。金一万百円也。明日の早朝に
出発するつもりで、前もって勘定をすませたのである。
地獄蒸しに多少興味はあるが、かりにまたここに泊まることがあっても、きっと
わたしはやらないだろうな。
でも、玉子二、三個ぐらいならやってもいいかなとも思うのだ。つまみになる
し。
宿賃を精算して、おはぎの店に最後の一杯をやりにいった。
「いつものでいいの」
珍しく優しい口調の言葉でいい、浅野ゆう子が氷と水のグラスを持ってくる。
わたしは返事を省略して、灰皿と冷蔵庫のケースから黒霧島のボトルを取り出す。
「あのさ、ついに別府八湯を全部制覇しちゃった」
あんたも相当に能天気なヤツだね。そうキツイ眼がたしかに言ったが、出てきた
言葉はちがった。
「ふーん・・・よかったね」
とてもこの話題は盛り上がりそうもない。とりあえず、三日間通ったわけだから
最後の挨拶をしておこう。
「なんかさあ、いろいろお世話になりました。明日の朝旅立ちます」
「・・・錦帯橋にいくんだよね」
「あれ、どうして。いいましたっけ」
言ったかもしれないが、いつも聞いていないふうだったのだ。
「一応、客商売だからね。客が言ったことぐらい覚えているよ。あと、五百円の
幕の内弁当、とっておいてあるから」
「あれ、覚えていてくれたんだ」
最後の夜だ。忘れていてくれればいいな。それならば、なにか旨いものを食べ
ようかとも思っていた。
「あんたもしつこいね。いちおう客だとあたしは思ってるんだからね」
どう割引しても、こちらが<いちおう客>とは思えない言い方だが、すこし胸の
なかが暖かくなってくる。
「ありがとう。また、機会があったらここに来るよ」
「あてにしないで待ってるけどさ・・・つぎは、連れでもつれてきなよ。ひとりで
なくさ、ね!」
千三百キロを馬鹿丸出しにエンエンと二十時間も突っ走る助手席に乗りたい、
なんていう連れ、いるわけないじゃないですか。そう口から出掛かったが浅野ゆう
子の目をみたら「・・・そうですね」としか言えなかった。
胸の奥底のどこかが暖かく、いつもと違い、おだやかな精神状態のわたし。
ひょっとしたら、鉄輪連泊中にこっそり地獄炊事されたのかもしれない。
→別府・鉄輪温泉連泊 ①陽光荘の貸間
→別府・鉄輪温泉連泊 ②おはぎの店
→別府・鉄輪温泉連泊 ③隣人
→別府・鉄輪温泉連泊 ④続・隣人
⑤地獄蒸し
9号室の謎の隣人が長逗留するほどはまってしまった「地獄蒸し(地獄炊事)」
だが、陽光荘では、一階と二階に地獄蒸しができる設備がある。
こちらが一階の炊事場だ。
二階のほうが、陽光がはいっていて明るい。
地獄炊事(なんとも凄い)の所要時間の目安だが次のような注意書きがあった。
鉄輪温泉の地獄蒸しは、温泉成分のなかの塩分が他の温泉より濃いため、それが
食材にほどよくしみてたいそう美味しいそうである。
どうやら陽光荘では料理教室も開いているようだ。
三日目の夕方に宿に帰ると、女将が近所の主婦たち(と思う)に地獄蒸しの料理
をレクチャーしていた。
佳境にはいって悪いなとも思ったが、待ちきれないわたしは、途中で中断して
もらい三泊分の支払いを済ませたのだった。安い。金一万百円也。明日の早朝に
出発するつもりで、前もって勘定をすませたのである。
地獄蒸しに多少興味はあるが、かりにまたここに泊まることがあっても、きっと
わたしはやらないだろうな。
でも、玉子二、三個ぐらいならやってもいいかなとも思うのだ。つまみになる
し。
宿賃を精算して、おはぎの店に最後の一杯をやりにいった。
「いつものでいいの」
珍しく優しい口調の言葉でいい、浅野ゆう子が氷と水のグラスを持ってくる。
わたしは返事を省略して、灰皿と冷蔵庫のケースから黒霧島のボトルを取り出す。
「あのさ、ついに別府八湯を全部制覇しちゃった」
あんたも相当に能天気なヤツだね。そうキツイ眼がたしかに言ったが、出てきた
言葉はちがった。
「ふーん・・・よかったね」
とてもこの話題は盛り上がりそうもない。とりあえず、三日間通ったわけだから
最後の挨拶をしておこう。
「なんかさあ、いろいろお世話になりました。明日の朝旅立ちます」
「・・・錦帯橋にいくんだよね」
「あれ、どうして。いいましたっけ」
言ったかもしれないが、いつも聞いていないふうだったのだ。
「一応、客商売だからね。客が言ったことぐらい覚えているよ。あと、五百円の
幕の内弁当、とっておいてあるから」
「あれ、覚えていてくれたんだ」
最後の夜だ。忘れていてくれればいいな。それならば、なにか旨いものを食べ
ようかとも思っていた。
「あんたもしつこいね。いちおう客だとあたしは思ってるんだからね」
どう割引しても、こちらが<いちおう客>とは思えない言い方だが、すこし胸の
なかが暖かくなってくる。
「ありがとう。また、機会があったらここに来るよ」
「あてにしないで待ってるけどさ・・・つぎは、連れでもつれてきなよ。ひとりで
なくさ、ね!」
千三百キロを馬鹿丸出しにエンエンと二十時間も突っ走る助手席に乗りたい、
なんていう連れ、いるわけないじゃないですか。そう口から出掛かったが浅野ゆう
子の目をみたら「・・・そうですね」としか言えなかった。
胸の奥底のどこかが暖かく、いつもと違い、おだやかな精神状態のわたし。
ひょっとしたら、鉄輪連泊中にこっそり地獄炊事されたのかもしれない。
→別府・鉄輪温泉連泊 ①陽光荘の貸間
→別府・鉄輪温泉連泊 ②おはぎの店
→別府・鉄輪温泉連泊 ③隣人
→別府・鉄輪温泉連泊 ④続・隣人
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