<忘憂の宿(1)>
吾妻線は、群馬県渋川から嬬恋に向かって吾妻川に寄りそうように走る地方鉄道路線である。
沿線には、名湯の草津温泉や四万温泉などを始め、かなりの数の温泉が点在している。小野上温泉もそのひとつだ。
車で首都圏から来ると、すぐそばにある伊香保温泉とだいたい同じ距離である。草津に向かう道には途中大きなコンビニがいくつかあり、B&Bや素泊まりで泊る客、酒類をこっそり持ち込む客には至極便利だ。(おれだ、俺だ、オレダァーッ!)
一日の乗降客がわずか三十人ほどの小野上温泉駅である。
日中は駅員がいるが、早朝と夜間には窓口は休業となり、客は駅舎を通らずに直接ホームに入れるようになっている。
時刻表をみると、本数も一時間にたった一本きり、まるで無い時間帯もある。
単線のホームは乗降客も少ないため幅が狭く、少ない車両編成のためなのかホームも短いものだ。
駅の前には立派な温泉センターがあるが、宿泊施設は公共の宿が一軒と、ほかに小さな宿が三軒ほどの、ごくごく鄙びた温泉だ。
旅館「花山」の玄関脇には、商売繁盛のまじないなのか蔦と蔓でつくられた馬のようなものが飾られている。
この宿は、嬉しいことに午後一時からチェックインできる。
もう五月も終わろうとしているのに、案内された部屋には大きな電気炬燵があった。
「まだ炬燵なんて、ビックリされたでしょう。でも、この辺はまだ朝晩冷える日があるんですよ」
わたしの気持ちをピタリと読んだように、仲居さんがタイミングよく説明してくれる。
本館の部屋は共同トイレだが、奥まった新館の部屋はトイレ付きで酒呑みにはやはりありがたい。
食事の時間だけ決めると、お茶もいれずにさがっていった。夕食は部屋、朝食は広間だそうで、夕食後に布団は敷いてくれるが、きっとお茶はすべてセルフがここのシステムなのだろう。まあ、お茶は朝起きてから飲めばいい。
ザックに入っているミネラルウォーターを冷蔵庫に入れると、着替えて、温泉へ。
この宿は内風呂だけで、露天風呂はない。
循環濾過をしているようだが、美人の湯といっているだけあって肌触りはいい温泉である。
部屋に戻り、ザックから「忘憂の物」、つまり酒(芋焼酎だが)を取り出す。冷蔵庫のミネラルウォーターで水割りをつくる。
窓際にいき、外を眺めながら呑む。
広いガラス戸の向こうには収穫がすんだばかりの畑がのどかに広がっている。その向こうのビニールの温室ではなにか栽培しているようだ。
水音は聞こえないが、そのすぐ後ろあたりに吾妻川が流れているはずだ。
煙草に火を点け、換気のため網戸になったところのガラス戸を開けた。
山奥の湖にでもきたように、驚くほど静かである。
車の音もなにも、一切しない。
快い風に汗が引いて気持ちよい。
聞こえるのは鳥の囀りばかりだ。
ホーホケキョ。ケキョケキョケキョ。
(オッ、鶯だ・・・)
― 続く ―
→「草津よいとこ(1)」の記事はこちら
→「草津よいとこ(2)」の記事はこちら
→「温泉三昧の宿(1)」の記事はこちら
→「温泉三昧の宿(2)」の記事はこちら
→「温泉三昧の宿(3)」の記事はこちら
吾妻線は、群馬県渋川から嬬恋に向かって吾妻川に寄りそうように走る地方鉄道路線である。
沿線には、名湯の草津温泉や四万温泉などを始め、かなりの数の温泉が点在している。小野上温泉もそのひとつだ。
車で首都圏から来ると、すぐそばにある伊香保温泉とだいたい同じ距離である。草津に向かう道には途中大きなコンビニがいくつかあり、B&Bや素泊まりで泊る客、酒類をこっそり持ち込む客には至極便利だ。(おれだ、俺だ、オレダァーッ!)
一日の乗降客がわずか三十人ほどの小野上温泉駅である。
日中は駅員がいるが、早朝と夜間には窓口は休業となり、客は駅舎を通らずに直接ホームに入れるようになっている。
時刻表をみると、本数も一時間にたった一本きり、まるで無い時間帯もある。
単線のホームは乗降客も少ないため幅が狭く、少ない車両編成のためなのかホームも短いものだ。
駅の前には立派な温泉センターがあるが、宿泊施設は公共の宿が一軒と、ほかに小さな宿が三軒ほどの、ごくごく鄙びた温泉だ。
旅館「花山」の玄関脇には、商売繁盛のまじないなのか蔦と蔓でつくられた馬のようなものが飾られている。
この宿は、嬉しいことに午後一時からチェックインできる。
もう五月も終わろうとしているのに、案内された部屋には大きな電気炬燵があった。
「まだ炬燵なんて、ビックリされたでしょう。でも、この辺はまだ朝晩冷える日があるんですよ」
わたしの気持ちをピタリと読んだように、仲居さんがタイミングよく説明してくれる。
本館の部屋は共同トイレだが、奥まった新館の部屋はトイレ付きで酒呑みにはやはりありがたい。
食事の時間だけ決めると、お茶もいれずにさがっていった。夕食は部屋、朝食は広間だそうで、夕食後に布団は敷いてくれるが、きっとお茶はすべてセルフがここのシステムなのだろう。まあ、お茶は朝起きてから飲めばいい。
ザックに入っているミネラルウォーターを冷蔵庫に入れると、着替えて、温泉へ。
この宿は内風呂だけで、露天風呂はない。
循環濾過をしているようだが、美人の湯といっているだけあって肌触りはいい温泉である。
部屋に戻り、ザックから「忘憂の物」、つまり酒(芋焼酎だが)を取り出す。冷蔵庫のミネラルウォーターで水割りをつくる。
窓際にいき、外を眺めながら呑む。
広いガラス戸の向こうには収穫がすんだばかりの畑がのどかに広がっている。その向こうのビニールの温室ではなにか栽培しているようだ。
水音は聞こえないが、そのすぐ後ろあたりに吾妻川が流れているはずだ。
煙草に火を点け、換気のため網戸になったところのガラス戸を開けた。
山奥の湖にでもきたように、驚くほど静かである。
車の音もなにも、一切しない。
快い風に汗が引いて気持ちよい。
聞こえるのは鳥の囀りばかりだ。
ホーホケキョ。ケキョケキョケキョ。
(オッ、鶯だ・・・)
― 続く ―
→「草津よいとこ(1)」の記事はこちら
→「草津よいとこ(2)」の記事はこちら
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