温泉クンの旅日記

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杖立温泉 熊本・小国町

2006-06-13 | 温泉エッセイ
 < やせ我慢 >

「アッチィー!」

 埋め込みの浴槽のふちにしゃがみこみ、いつものように桶に湯をくみ、まず左の
膝と足先に掛け湯したわたしは、たまらず大声で悲鳴をあげてしまった。

 熱湯そのものである。塩化物泉で源泉温度が98度から100度あると、あとで知っ
た。
 そのままドボンと能天気にはいったらと、思うと恐ろしい。とりあえず掛け湯を
する習慣があって助かったというべきであろう。子どものころに左足一本、鍋の熱
湯をかぶって大火傷したことがあるのだ。いまでもよく見ると脚の裏側はケロイド
状の皮膚である。
 
 ここは、九州は阿蘇、杖立温泉の『第二自然湯』という看板の共同浴場。川に
沿って旅館が密集している温泉地である。杖立川沿いにブラブラ歩いていたらみつ
けたのだった。温泉小屋の男湯を覗いてみたら誰も入っていない。地元のひとたち
用の外湯であろう。書かれていた料金200円を箱に投入して、内壁に木で仕切った
だけの簡易脱衣箱に服を脱ぎ散らし、いざ温泉に振り向いた。
 浴槽にたたえられたお湯からは、ぜんぜん湯気がたっていないので油断したので
ある。



 左ひざから足先までが火傷したように熱い。源泉の蛇口の横の水道から、冷水を
桶にくみ、なんども浴びせる。単純だが火傷にはこれが一番だ。
 どうやら冷水が効いたらしく、左足が落ち着いてきたので、水道を全開して温泉
に注ぐことにした。桶を使って湯をかき混ぜるが、溢れて流れるお湯が足の裏を焼
いて、アチアチチと、思わず桶を片手の阿波踊りを踊ってしまう。なんという超高
温の温泉だろう。

 煙草を吸ったりして時間を潰し、定期的に阿波踊りを繰り返す。20分ほどした
が、浴槽のなかには、まったくはいれそうもない。
 ううむ、悔しい。脚だけでもなんとかはいれぬものか。足先から徐々に湯にいれ
て限界がくると、アチョ・アチョーとブルース・リーの真似をして熱湯から引き抜
く。なんどやっても、膝下までがいわゆる<熱湯限界>である。
 男子なにごとにも引き際が肝心、とついに断念することにした。

 しかし、このまま杖立温泉を立ち去るのもいかにも悔しいので、旅館『泉屋』と
いうところで入浴することにした。500円也。
 太いパイプから大量の高温の源泉がジャバジャバと浴槽に注ぎ落ちている。昔
は、冷たい川の水のなかにパイプを通して、源泉のままで冷やしたらしい。ところ
が、この細くおとなしい杖立川が実はなんども大氾濫を起こす暴れん坊なので、
いまは水道水を混ぜて適温にしているらしい。

 さきほどの経験があるので、まず浴槽のなかに手をいれて湯加減をみてしまう。
だいじょうぶそうである。充分の掛け湯をしてから、そろそろと身体を沈める。
 やっぱり熱い。

 まだ正午に近い時間だ。サウナのような蒸し湯もあるが血圧がたかいのでやめて
おく。逗留客もいなそうであるから、いわゆる一番湯か。源泉と水がよくかき混ざ
っていない部分がかなりあり、対流しているという感じである。ときおり高温の塊
が身体に体当たりしてはじけて、無数のピラニアにいっせいに齧られたようにチク
チク痛い。低温そうな湯の塊も遅れて体当たりしてすこしだけ冷やしていく。
 熱くて、すぐにでも飛び出したいという気分と、これぐらいどうした、平然と
高温の杖立温泉を堪能してやらねば、のやせ我慢の気分が、わたしのなかで対流し
明滅していた。


  
 真っ赤な茹でダコのようになったわたしは、旅館の前の川沿いに建てられた休み
処の小屋にふらついて転がり込むと、冷えたジャージーミルクを頼んだ。小腹も
空いた。温泉の高温の蒸気で茹でた温泉たまごがあったので、それも注文する。

 冷えたミルクがやたら濃くて旨い。温泉たまごが熱くて殻を剥けない。さわれな
いほど熱い。やっとのことで剥いて、あまりの高温のため薄墨色に変色した白身を
みて、熱い温泉にやせ我慢したわたしは、ちょっぴり心配になった。なんか服を
脱ぐのが、ヒジョーに怖い。

 信州の野沢温泉や『夢千代日記』で有名な兵庫の湯村温泉も熱かったが、ここの
お湯も相当なものだ。杖立温泉の由来は、杖にすがってきた病人も、帰るときには
杖を立てたまま忘れて帰ってしまうという。
 その忘れていった杖でいいから、ぜひ一本譲ってほしい。記念にもなるし、
フーラフラのわたしは心底そう思うのであった。

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