温泉クンの旅日記

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胡麻豆腐

2007-01-28 | 旅エッセイ
  < 胡麻豆腐 >

「ぜひ、まずこの胡麻豆腐から召しあがってみてください」

 岡山県は蒜山(ひるぜん)高原の近く、湯原温泉、街道沿いにたつ旅籠風宿の
夕食の時間。



 どれぐらい食べようか、どれぐらい残そうかと冷酒を呑みながら、並んだ料理を
物色計算していたわたしに、膳をセットした仲居さんがしきりに勧める。見た目に
は、どこにでもあるようなただの胡麻豆腐である。べつに珍しくもなんともない
じゃないか。生来の天邪鬼が頭をもたげてきそうないやな予感がしてきたので、
箸をあわてて手にした。

「ほんとだ、甘いというかウマいわこの豆腐!」



 ひとくち口にいれて噛むというか舌で押しつぶすと、濃厚で奥行きのある甘みが
確かにあり、呑み込んだあとにはいやな後味もない。上品な和菓子に近い抑制の
きいた甘さといったらいいかもしれない。ちなみにわたしは酒飲みであり甘党では
ない。
 
 ね、おいしいでしょうとすすめた仲居さんは心底満足そうにニコニコしている。
 素材である胡麻をすっただけで、ほかにいっさい甘さを引き出すものを加えない
のにほどよい甘みがある胡麻豆腐となるらしい。
 料理長に、遠いところを来てくれるお客さんのために心をこめてひたすら一生
懸命に胡麻をすれば甘くなると言われ、料理長が忙しいときに自分もほかの仲居も
胡麻をすってみたのだがどうしても同じ甘みが出ない。本当にうちの料理長さんは
すごいんですよ。仲居さんの話しぶりには料理長にたいしての尊敬と信頼があふれ
ていた。

 お客のために心をこめて、という科白もさっきの豆腐のように素直に受けとれ
た。
 あつあつの山菜の天ぷらも、こっちは保存したものですが、これは今朝山でとっ
たばかりなので歯ごたえと香りがちがうとていねいに教えてくれる。
 そうして、料理一品ごとの素材や調理についての説明にもてなしの思いがこもっ
ており、その勧め上手のおかげで自分でもびっくりするほど皿がきれいになって
いった。

 よく旅をする。
 温泉が好きなものだからどうしても旅館に泊まることが多い。ひとり旅でもちか
ごろは気持ちよく受け入れてくれるようになった。湯量豊富な温泉や美味な食事
だけではなく、客へのもてなしの気持ちもその旅館の忘れられないご馳走である。

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