温泉クンの旅日記

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秋保温泉 宮城・仙台

2006-05-20 | 温泉エッセイ
 <秋保のタヌキ>

 最近では京都の由緒正しい旅館でも、片泊まりといって朝食つきの一泊を、
一万円ていどの格安料金で提供しているようである。かっては文豪とか著名人しか
泊めなかったような、敷居の高い高級旅館がである。
 わたしのような者にとっては、嬉しい限りの傾向だ。ただそのどの旅館にも
温泉がないので、とりあえずはまったく食指がうごかないが。

 朝食つき一泊のことをベッド(宿泊)とブレックファースト(朝食)の頭文字
から、「B&B(ビー・アンド・ビー)」とも言うが、老舗旅館には「片泊まり」
の言葉のほうが素っ気ない横文字より雰囲気がいかにもあっていい。
 そういえば夕食抜きだから、夕抜き、変じて「タヌキ」ともいうらしい。

 何度目かの東北方面の旅のとき、宮城県にはいったあたりで夕暮れを迎えた。

(そうだ、秋保温泉に試しに電話してみよう)

 秋保温泉は、高級な旅館が立ち並ぶ温泉である。あきう、という名前にも魅力的
な響きがある。バスの運転手とか添乗員用の部屋でもかまわない。まだ温泉の初心
者だったわたしは、どうにかして泊まりたかった。それも、安く。
 車に積んだガイドブックを片手に、サービスエリアの電話ボックスにはいると、
プリペイドカードを取り出す。まだ、携帯電話など持っていないころだった。

「今日なんですけど、ひと部屋あいているでしょうか」
「ありがとうございます。はい、ご用意できますが」
「料金はいくらぐらいでしょうか。夕食抜きで泊まれるようなら、そのほうが
ありがたいのですが」
「一泊二食で、三万円からとなっております。夕食抜きの宿泊というのはできかね
ますが」
「わかりました、すこし検討してみます。ありがとう」

 三万円からの、「から」というのが気になる。三軒ほどかけたが、どこも同じ
ような応答と料金であった。秋保温泉は豪華な宿ばかりである。旅の途中だから、
払えても一万五千円以内が予算だ。やはり、無理か。すこしめげてくる。もう二軒
ほどかけたら、あきらめよう。

「部屋があいてる、そうですか。あの・・・できれば、夕食抜きで泊まりたい
のですが」
「夕食抜きでございますか・・・そういたしますと、料金はちょうど一万円
となりますが」
「いち、まん・・・ええー、一万円ですか! それ、それで結構です、
お願いします」
(やったあ! これであの秋保に泊まれる)

 ご到着は何時ごろになりますでしょうか、の問いに、興奮しているものだから
「ええと、あのすぐ、すぐに行きますから」答えて電話を切り、ボックスを
飛び出した。


 
 篝火の宿、緑水亭。敷地もひろく、旅館の前には手入れの行き届いた日本庭園が
あった。建物は豪壮な、旅館というよりは巨大なホテルである。ロビーも天井が
高く広々としている。通路もゆったりとられており、掃除が完璧に行き届いていて
チリひとつ落ちていない。
 部屋に案内されてもなにか夢見心地で、型どおりの館内の説明を上の空で
聞いていた。
 しばらくして、落ち着くためにと冷蔵庫からビールを取り出して飲み干し、
やっとひと心地に戻った。
 ぱりっとした浴衣に着替えて、さっそく二種類の温泉を存分に楽しんで、部屋に
戻ると頭をひねった。さあて、夕食をどうするか、ということである。

 秋保温泉は、その旅館とかホテルですべて完結するようになっているようで、
温泉街らしいところがなかった――すなわち、このへんに食堂はない。仙台のほう
に車で少しいけば食べるところがありそうだが、あさはかにもビールを呑んで
しまった。逆上してすっ飛んできたので、途中でカップラーメンを買う暇もなかっ
た。ザックにはウイスキーの小瓶とつまみが少々。

 たしか、一階に大きな居酒屋ふうの店があった。あそこなら、なにか食べられ
そうだ。館内の案内書をみると午後九時から営業となっている。まだ六時だから、
あと三時間か。



 もう一度温泉にいく。食事がはじまったのだろうか、広い風呂場も露天風呂も
ガラガラであった。部屋にもどる。ええい、しょうがない。ウイスキーの水割りを
呑み始めた。呑みきると冷蔵庫の酒をチビチビ舐めて時間を潰す。食べ物が目の前
にあるときには、酒さえ呑んでればご機嫌なのだが、ないとなると腹が減るから
不思議である。うう、なにか酷くひもじい。時間が遅々と進む。

 やっと、時計の針が九時を指した。腹がペコペコだ。
 
 しかし、すぐ行くのもどうだろう。こいつなーんも食わずにこの店開くのを
待っていたのかよ。そういえば夕食抜きの客がひとりってこいつか。などと、
ズバリ当っているのだが、そう思われたくない。できれば、食事がすこしたらなか
ったなとか、いやあ酒を呑むほうに気を取られてあまり食事せず刺身ぐらいしか
食わなかった。おお、こんな店がある。よし、軽く呑みなおすとするか。
 そんな雰囲気でブラッとはいっていきたい。おにぎりでもいいから早く食わせ
ろ、そう猛抗議する胃袋をぐぐっと抑えこんで、冷酒とおしんこを頼む。予定も
ないのに時計をちらちらみながら冷酒をすする。そうして時間をみはからって、
あのうすみません、冷酒もう1本と・・・ああそうだ小腹がすいたな、ラーメン
もらおうかな。

 うら悲しいけどそういう小芝居をしよう――そう決意すると部屋の鍵を手に勢い
よく立ち上がるのであった。

 教訓、豪勢な宿ではタヌキは疲れる。

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