
昨夜は某事務所の移転開設祝い・・、他の地方からの懐かしい顔も見られて安心しました。
明日から泊りがけで紅葉見物にて温泉へ・・、泊まりの日はブログを休稿します。
本日は「薩摩斗々屋平茶碗」という作品です。
茶碗というものには形からくる名前がまずあるようです。たとえば筒のようになっている筒茶碗、主に寒いときに使います。内部のお湯が冷めないようにという用い方です。それと対照的なのが本日の平茶碗です。熱が冷めやすいようになっています。それゆえ主に暑いときに用います。単純にこの二種のお茶碗だけでもいろんな作り手の意図があります。
たとえば筒茶碗は熱いお湯でお茶を点てることが多いので、持ったときに手に熱くて持てないと困りますので、熱伝導率が低い陶土を用いますし、持つ部分を薄く作ると熱くて持てません。形だけでも数十種類あります。窯元、釉薬、由来などと分けれれているのでその用語だけでもかなりの種類となり、それを判別できたり、その名前の由来を知っている人は非常に稀です。
さて本日は薩摩焼のお茶碗です。薩摩焼というと色鮮やかな焼き物が思い浮かびますがが、今回投稿する作品のように渋い作品もあるようです。
薩摩斗々屋茶碗
合箱入
口径145*高さ53*高台径48

正直なところ最初見たときには「伊羅保」の茶碗かと思いました。箱書きに「薩摩斗々屋茶碗」と記されています。

「薩摩」と箱書きされていることから薩摩焼おいて鉄分含有量が多い土を用いるため、黒くなっている焼き物と推察されます。欠けの補修、わずかに焼成中に被った灰釉の景色が面白い。
見込みの部分に膨れているようなところがありますが、裏を見るとなんもとありません。偶然の産物と思われます。

補足解説・・・補足説明には専門用語が多少含まれています。本ブログを読まれいる方にはすでにお分かりの用語かと
斗々屋茶碗:高麗茶碗の一種で、魚屋とも書きます。斗々屋の名前の由来は、利休が堺の魚屋の棚から見出したからとも、堺の商人・斗々屋所持の茶碗からともいわれます。

斗々屋茶碗は、本手斗々屋と平斗々屋があります。本手斗々屋は、椀形で、褐色の胎土に半透明の釉がごく薄くかかり、俗に「こし土の斗々屋」というように、土が細かく、肌には細かく鮮やかな轆轤目があり、腰の荒い削り跡腰に段がつき、竹節高台で、高台辺に箆削(へらけずり)による縮緬皺(ちりめんじわ)があり、削り残しの兜巾(ときん)が立っていて、その様子が椎茸の裏側に似ているので「椎茸高台」と呼び、特徴となっています。

素地は鉄分が多く、赤褐色にあがったものが多いですが、青みがかかったものは「青斗々屋」として上作とされています。

平斗々屋は、盞(さかずき)形で、高台は低く、胴は浅く、朝顔形に開いていて、平茶碗のような形をしています。
利休斗々屋は、一般の斗々屋とは作法や釉調が異なり、最古作と考えられていて、腰が少し張り、口縁は端反り、全体に薄作りで、高台脇は切り箆で面取りし、高台とその周辺の一部が土見せになっています。かつて利休が所持し、織部、遠州へと伝わり、現在は藤田美術館の所蔵となっています。
以上が補足説明ですが、形を想像できましたでしょうか?
本作品は平斗々屋に属する形をしています。なかなか時代もありいい作品です。薩摩焼には当方はほとんど詳しくないのですが、ご覧の皆様の感想や如何・・。
明日から泊りがけで紅葉見物にて温泉へ・・、泊まりの日はブログを休稿します。
本日は「薩摩斗々屋平茶碗」という作品です。
茶碗というものには形からくる名前がまずあるようです。たとえば筒のようになっている筒茶碗、主に寒いときに使います。内部のお湯が冷めないようにという用い方です。それと対照的なのが本日の平茶碗です。熱が冷めやすいようになっています。それゆえ主に暑いときに用います。単純にこの二種のお茶碗だけでもいろんな作り手の意図があります。
たとえば筒茶碗は熱いお湯でお茶を点てることが多いので、持ったときに手に熱くて持てないと困りますので、熱伝導率が低い陶土を用いますし、持つ部分を薄く作ると熱くて持てません。形だけでも数十種類あります。窯元、釉薬、由来などと分けれれているのでその用語だけでもかなりの種類となり、それを判別できたり、その名前の由来を知っている人は非常に稀です。
さて本日は薩摩焼のお茶碗です。薩摩焼というと色鮮やかな焼き物が思い浮かびますがが、今回投稿する作品のように渋い作品もあるようです。
薩摩斗々屋茶碗
合箱入
口径145*高さ53*高台径48

正直なところ最初見たときには「伊羅保」の茶碗かと思いました。箱書きに「薩摩斗々屋茶碗」と記されています。

「薩摩」と箱書きされていることから薩摩焼おいて鉄分含有量が多い土を用いるため、黒くなっている焼き物と推察されます。欠けの補修、わずかに焼成中に被った灰釉の景色が面白い。
見込みの部分に膨れているようなところがありますが、裏を見るとなんもとありません。偶然の産物と思われます。

補足解説・・・補足説明には専門用語が多少含まれています。本ブログを読まれいる方にはすでにお分かりの用語かと

斗々屋茶碗:高麗茶碗の一種で、魚屋とも書きます。斗々屋の名前の由来は、利休が堺の魚屋の棚から見出したからとも、堺の商人・斗々屋所持の茶碗からともいわれます。

斗々屋茶碗は、本手斗々屋と平斗々屋があります。本手斗々屋は、椀形で、褐色の胎土に半透明の釉がごく薄くかかり、俗に「こし土の斗々屋」というように、土が細かく、肌には細かく鮮やかな轆轤目があり、腰の荒い削り跡腰に段がつき、竹節高台で、高台辺に箆削(へらけずり)による縮緬皺(ちりめんじわ)があり、削り残しの兜巾(ときん)が立っていて、その様子が椎茸の裏側に似ているので「椎茸高台」と呼び、特徴となっています。

素地は鉄分が多く、赤褐色にあがったものが多いですが、青みがかかったものは「青斗々屋」として上作とされています。

平斗々屋は、盞(さかずき)形で、高台は低く、胴は浅く、朝顔形に開いていて、平茶碗のような形をしています。
利休斗々屋は、一般の斗々屋とは作法や釉調が異なり、最古作と考えられていて、腰が少し張り、口縁は端反り、全体に薄作りで、高台脇は切り箆で面取りし、高台とその周辺の一部が土見せになっています。かつて利休が所持し、織部、遠州へと伝わり、現在は藤田美術館の所蔵となっています。
以上が補足説明ですが、形を想像できましたでしょうか?
本作品は平斗々屋に属する形をしています。なかなか時代もありいい作品です。薩摩焼には当方はほとんど詳しくないのですが、ご覧の皆様の感想や如何・・。