夜噺骨董談義

収集品、自分で作ったもの、見せていただいた品々などを題材に感想談など

砂濱漁撈図 橋本雅邦筆

2020-06-24 00:01:00 | 掛け軸
橋本雅邦の作品は前から好きで、贋作が多いことを承知しながら、食指が動くので始末に悪いものです。本日の作品は経験上から真作と判断しています。

砂濱漁撈図 橋本雅邦筆
絹本水墨淡彩軸装 軸先象牙 勝田蕉琴昭和32年5月23日鑑定箱入
全体サイズ:横410*縦1160 画サイズ:横260*縦190



なぜ私は橋本雅邦が好きなのだろうか? それは近代日本画の先陣をきった気概のある画風もさることながら、子供の頃から寝床の脇に狩野芳崖の作品が飾ってあり、その盟友たる橋本雅邦にも当然、後年になってから興味が湧いてきたのであろうと私は考えています。



叔父のところには橋本雅邦の屏風などの数点の作品があり、よく見せていただきました。屏風の作品は画集に掲載されておりましたが、誠に残念ながら、小生の中継ぎで思文閣に〇〇〇万円で買い取られていきました。

寝床に飾れていた狩野芳崖の作品は、当方の本家からの伝世品で、本家の叔父からは「子供の寝床に飾るものではない」と母が叱られたそうです。この作品は母が事業の関係で一度手放しましたが、入手先の好意により今は当方の所蔵となっています。



当方の蒐集対象には橋本雅邦と並んで狩野芳崖も含まれていますが、この両名は高名ゆえもあり、いい作品の入手は当方の資金では到底及ぶものではありませんが、なんとか小品程度ならと手の届く範囲で蒐集しています。



「好きこそものの上手なれ」とは言わないまでも、遅々とではありますが、作品への判断が可能となってきました。



少しづつ両画家の判別が解ってきていますが、両名の作品は贋作が多く、両者の作品は、骨董界では極端に言うと生存中もしくは没後のあたりに刊行された画集にでも掲載されていないと真作と認めないほどです。



とはいえ、当方ではビジネスにしているのではないので、好きな作品を対象に蒐集しており、その中でも本作品はとても好きな作品のひとつです。

なお鑑定箱書は門下生の勝田蕉琴によるものです。

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勝田蕉琴:日本画家。明治12年(1879)福島県生。本名良雄。橋本雅邦門下。東美校卒業後、岡倉天心の推薦により渡印し、仏画制作と仏教美術研究に従事。またシャンチニケタン学園で東洋画を教授した。帰国後は国画玉成会に属し、官展で活躍。狩野派の筆法を伝える花鳥山水をよくした。帝展委員・日本画会鑑査員。昭和38年(1963)歿、83才。

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よくある橋本雅邦の子息の橋本秀邦の鑑定箱が一般的ですが、もう一人の子息の橋本永邦の鑑定を含めて信頼度はどの程度なのかはよく分かりません。贋の鑑定も多く、あまり信用しない方が無難です。現在は東京美術倶楽部の鑑定書が一般的です。



本作品は小点の作品ですが、よく描かれており、作品に品位があります。飾っていて楽しめる作品でしょう。

落款と印章は下記左写真が本作品、右の印章が他の真作の印章です。

 

同一印章では、当方の所蔵作品では下写真左が「椿鶯図」(印章のみ)、右は「夏景山水図」ですが、印章が違いますし、右の「夏景山水図」の作品はよくある贋作の印章のひとつではないかと判断していた作品です。

 

最初の頃は迷路に入り込んだ感のある橋本雅邦の作品ですが、恐れ多くも自分の道先案内ができるようになってきたように感じています。



実に品格のある一品です。



展示室の茶室に飾って愉しんでいます。





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