Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

ヘンデルの収支決算

2005-03-20 | 歴史・時事
作曲家ヘンデルの資産運用に関して、昨年の11月にハリス女史の著書が刊行されていようだ。それによると、1710年以降市民権を得てからの資産状況が出納帳などに依って詳細に分かる。早くから証券への投資をしている他に、1720年の相場の暴落の前に素早く回収している。このあたりの見通しの良さこそが、我々が想像するヘンデルである。

つまり1715年に500ポンドを売る。当時の作曲家は、1712年までのハノーバーからの給与に変わって翌年からアン皇女から200ポンドの終身年金を授かり、1723年からはハノーバー出身のジョージ一世によってそれが400ポンドと倍増する。しかしその間オペラ上演の投資に続き、1719年には145ポンドの利鞘を持って全証券を処分する。皇太子の音楽教師料として年間200ポンドの副収入を得る一方、1728年には以前の銀行での定率利子での借款と同時に他の銀行で再び証券に乗り出す。1732年からは預貯金も始める。この間の投資法は不明であるが、前年の王の死が関係するのだろうか。1728年に彼のオペラ団ロイヤルアカデミーを閉鎖するが経済状態は特別悪くなく、700ポンドの借款に加えて1200ポンドの財源を保有する。1732年の2300ポンドの資金で100%の利鞘を目指したとある。その後、対抗オペラ座との競争に浪費して1743年に全てが解約されて底をつく。

この間の事情は、対抗オペラ団のカストラート、通称ファリネリとヘンデルのセネシーノとの競演として有名である。しかし1742年には既にオラトリオ「メサイア」のダブリン初演が行われているので、作曲家は強気であったと思われる。その成功裡に終えた初演は、編成規模が合唱、楽団を合わせて優に500人を越える大事業であった。聴衆は、600人の会場に700人が立錐の余地無く詰掛け、その売り上げから400ポンドが慈善目的に使われた。その後6月3日に再演されるなど、作曲家は都合8ヶ月以上同地に滞在したと云う。こうして、アイルランドならず英国でも名声と富を得る基盤が出来た。

三部に分かれている「メサイア」は、キリストの生誕から受難を経て復活を英国教会のグレート・バイブルのテキストで、両テスタメントを織り交ぜて描く。その二部の終曲、有名なハレルヤコーラスは殊に有名である。しかし初演の状況を知ると、それによってのみ大成功したのではない事が良く分かる。例えば非常に短い第一曲シンフォニーに続き、第二曲アコンパニー、第三曲アリアで、リラックスした中に現地ダブリン人との融和が図られる。そして同じくイザヤ書からの第四曲では、神の姿の視認の合一が謳われる。オペラでは出来ない構成で思慮深く効果を挙げる。当日の聴衆は、恐らくここで既に完璧に魅了された事であろう。この創作と成功を境に56歳の作曲家は、生活の安定と向上を得ると、一段と大きな風格を持ってオラトリオを量産していく。こうして音楽的に後期バロックから抜け出して次世代を準備した。バッハにおいて後期バロックの完成をみたのと対照的に、ヘンデルにおいては長寿を全うした人間的安定と円熟がこの事を可能にしたとみえる。

今週偶々車中で聞いたラジオで、今日のヘンデル演奏のアーティキュレーションと30年前の演奏様式の雲泥の差を語っていたが、現在でも当時のような「メサイア」のパラダイス的な表現は難しい。それは表記法の不備や改訂、装飾等の再現や編成規模の問題よりも、この思慮深い導入と君主ジョージ二世が立ち上がったと云う堂々としたハレルヤから第三部の復活の確信を両立させる事が難しいからである。19世紀を通して培われてきた伝統は、近代社会の発展の経過そのものでありその決算は今でも先送りとなっている。

作曲家は、オペラから費用の掛からないオラトリオに転向して、半年も経たないうちに直ぐにまた1600ポンドの預貯金を保有する。1737年からは券を前売り制度としたので尚の事懐は潤い、1749年からは年間収支1000ポンドから2000ポンドの黒字となり財は増える。病気勝ちとなってからは、預貯金を整理して年間2500ポンドの年金とした。死を迎えた1759年の4月14日には17500ポンドの借款と2000ポンドの収入が記載されている。ウエストミンスター・アベーでの自己記念碑設立への指示以外は、親戚や仕事仲間への謝礼が遺言となっている。因みに当時のポンド・スターリングは、現在の100ポンドに当たるという。


参照:
微睡の楽園の響き [ 文学・思想 ] / 2005-02-22
バロックオペラのジェンダー [ 音 ] / 2005-02-20
コメント (3)
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