注文していたエンジンオイルが届いた。1リットルで送料込み12ユーロ程のハイテク合成オイルだ。既に10本ほど買っているらしい。でもこれが使い易い。往復1000キロ程乗れば必ず必要になる。大した費用ではない。それでエンジン清掃も兼ねる。フィルターも詰まることなく動いている。まだまだ最高速度も230kmぐらいは簡単に出た。それ以上は旧ブレーキでディスクがちびるのも嫌なので出さない。スイスのスピード違反も金だけで済むので気にしない。それでもまだ安い。動く車があって、モビールであるだけで感謝だ。
‹Der Freischütz› – Dirigent Titus Engel über die Arbeit am Stück
そろそろ来週木曜日の準備である。初めて生演奏に接するカルロフォンヴェーバーの「魔弾の射手」のマルタ―ラー演出の初日である。練習風景からの指揮者エンゲルの説明で大体分かった。特に人生経験の多い歌手をエンヒェンに起用したがこの演出にはというのでピンと来る。丁寧に普通はぴちぴちの娘役なのだがと断っていることでも分かる。マルタ―ラーファン為らずともそこに一捻りもない上演ならば誰も関心を持たない。
重要なのは、ヴァ―クナーの「オランダ人」にそのまま引き継がれる初期ロマンティックな音楽の在り方と、しかしながらベルリンの宮廷歌劇場での初演にあるような小編成での尚且つ古楽器の管を交えたハーモニーと楽器編成からの感情を揺さぶる音楽とその演出の枠組みの嵌まり具合だと思う。
最近観たストローミングはコロナ期間中のミュンヘンからの中継だったが、演出はもとより指揮はマナコルダという人だったが、話していることやその指揮でなぜこの人が売れているのかさっぱり分からなかった。余程マネージメントが上手く、適当に纏める力があるのだろう。兎に角やりたいことが全く分からなかった。新制作で使われるぐらいだから玄人筋での職人的な評価はありに違いないのだが。
ヴェーバーは、昨年演奏されたヒンデミートの曲に使われていた原曲を初めて聴いて少し造詣を深めたのだが、ヴィデオでエンゲルが話しているように民謡的な音楽の使い方が素晴らしいことは分かった。そこがドイツオペラの源泉とされるようで、今回の公演で目指されるように、「その深い暗い森の響きというのは後になって付け加わったキャラクター」なのだと確信が持てるののかどうか?少なくとも演出と相まって大きな話題となるような音楽的な公演を期待している。
暮にはミュンヘンで家族向けに「ヘンゼルとグレーテル」を振ることになっていて、それによって、既にレパートリーになっている「ローエングリン」と共にヴァ―クナー指揮への囲い込みになってはいないか。ヴェバーでも何でもコンセプトは重要だ。
バイロイトでの練習に「守護者」と歌え替えられるところを「フューラー」と主役のフォークトに歌わした事件。改めてネトウヨ新聞に真相を本人が語って、歴史修正主義者として発言している。要するにそうしたことを保守政治家が求めるならば、今後「トスカ」も内容を変えなければいけなく、世界の文学も変えられると、知能指数零の発言をしている。そしてカタリーナ・ヴァ―クナーが保身もあって主役に本番では変えろとお願いしたとある。お乳をさわされたとかで尻尾切りする破廉恥さとその知能の低さと共に最早今の立場は続かない。指揮者のティーレマンにもベルリンなどで頭の悪い指揮をさせてはいけない。
参照:
お友達の輪の序奏部 2022-08-29 | 雑感
復活祭へと希望を繋ぐ 2021-01-21 | 暦
‹Der Freischütz› – Dirigent Titus Engel über die Arbeit am Stück
そろそろ来週木曜日の準備である。初めて生演奏に接するカルロフォンヴェーバーの「魔弾の射手」のマルタ―ラー演出の初日である。練習風景からの指揮者エンゲルの説明で大体分かった。特に人生経験の多い歌手をエンヒェンに起用したがこの演出にはというのでピンと来る。丁寧に普通はぴちぴちの娘役なのだがと断っていることでも分かる。マルタ―ラーファン為らずともそこに一捻りもない上演ならば誰も関心を持たない。
重要なのは、ヴァ―クナーの「オランダ人」にそのまま引き継がれる初期ロマンティックな音楽の在り方と、しかしながらベルリンの宮廷歌劇場での初演にあるような小編成での尚且つ古楽器の管を交えたハーモニーと楽器編成からの感情を揺さぶる音楽とその演出の枠組みの嵌まり具合だと思う。
最近観たストローミングはコロナ期間中のミュンヘンからの中継だったが、演出はもとより指揮はマナコルダという人だったが、話していることやその指揮でなぜこの人が売れているのかさっぱり分からなかった。余程マネージメントが上手く、適当に纏める力があるのだろう。兎に角やりたいことが全く分からなかった。新制作で使われるぐらいだから玄人筋での職人的な評価はありに違いないのだが。
ヴェーバーは、昨年演奏されたヒンデミートの曲に使われていた原曲を初めて聴いて少し造詣を深めたのだが、ヴィデオでエンゲルが話しているように民謡的な音楽の使い方が素晴らしいことは分かった。そこがドイツオペラの源泉とされるようで、今回の公演で目指されるように、「その深い暗い森の響きというのは後になって付け加わったキャラクター」なのだと確信が持てるののかどうか?少なくとも演出と相まって大きな話題となるような音楽的な公演を期待している。
暮にはミュンヘンで家族向けに「ヘンゼルとグレーテル」を振ることになっていて、それによって、既にレパートリーになっている「ローエングリン」と共にヴァ―クナー指揮への囲い込みになってはいないか。ヴェバーでも何でもコンセプトは重要だ。
バイロイトでの練習に「守護者」と歌え替えられるところを「フューラー」と主役のフォークトに歌わした事件。改めてネトウヨ新聞に真相を本人が語って、歴史修正主義者として発言している。要するにそうしたことを保守政治家が求めるならば、今後「トスカ」も内容を変えなければいけなく、世界の文学も変えられると、知能指数零の発言をしている。そしてカタリーナ・ヴァ―クナーが保身もあって主役に本番では変えろとお願いしたとある。お乳をさわされたとかで尻尾切りする破廉恥さとその知能の低さと共に最早今の立場は続かない。指揮者のティーレマンにもベルリンなどで頭の悪い指揮をさせてはいけない。
参照:
お友達の輪の序奏部 2022-08-29 | 雑感
復活祭へと希望を繋ぐ 2021-01-21 | 暦