オクトーバーのミュンヘン行を練った。11月の二泊の宿をキャンセルしたから、その予算が浮いた。やはり帰宅が25時前は無理だと思った。念の為にアウグスブルクにミニバー付きの宿をとっておいた。安いところだけならばミュンヘンの南や東にもあったが、コンサートの翌日に、態々買い物に行くのも面倒だと思った。だから、帰路に泊る所として確保した。往路に15時にチェックインして仕舞えば、適当な時刻にミュンヘン入りして、翌日のチェックアウト迄ゆったりと出来ると思った。お土産に何かを購入しても、秋でもありお昼ごろワイン街道を出発すれば17時間ほどはアイスボックスの氷はもつので朝までは大丈夫である。ミニバーではあまり氷はもたないのだが、アウグスブルクから3時間ぐらいなら何とかなるか。天候状況や体調などにもよるが、前々日まではキャンセル可能なのでまた考えればよい。
2019年のミュンヘンでの「死の街」、ブルーレイをコピーして、LINUXシステムのSSDの中から再生した。PCM48kHzでしかないハイレゾである。なぜか再生の音質が悪い。リッピングの過程でエラーから落ちたというよりも音が冴えない。それで、ブルーレイに焼く為に先ずはNASへと転送する。数時間掛かった。アップロードの速度が遅いからだ。そしてそこから同じシステムで呼び出すと、馴染みの音色が蘇った。まさしく劇場で響いていた音響である。管弦楽の美しさも比較にならないが、マルリス・ペーターセンの歌声はそこ迄音質が上がらないと最後の最後の声の表現がそっくり落ちてしまうと思った。勿論ヨーナス・カウフマンの最も売りの表現は上の部分での発声とその表現力である。
その音質による差があまりに大き過ぎて驚愕している。上の例ではなぜまたこんなに声がない人がと思わせるだけでなく、その技術にも影が射す歌唱にしか聴こえなかった。要するにその最後の最後のところでの発声表現をしているので、そこの情報が落ちてしまうと最高級の歌唱が駄目になる。管弦楽においても同様で、単に正しい音を出そうとしている以上のその挑戦の差異が付かなくなる。勿論雑音が入ったりとかではない完璧な筈の再生なのだが、やはりデジタルデータ転送での落ち溢しがあるのだろう。演奏家の評価においては最後の最後は音が美しかったというのがある、これ以上の誉め言葉がないという表現なのである。
音響が悪いとコルンゴールトなんて、所詮映画音楽の作曲家ぐらいにしか思えないのだ。しかし本当にいい演奏はそこから本当の音楽を引き出してくる。最初からその音を楽譜から読みだせていない限り、そのような表現は不可能なのである。こうしてペトレンコ指揮の演奏を聴けば、同じ演出がバーゼルではそれ程の効果を生まなく、こうした天才によって初めて全貌が表現されたことがよく分かる。無能な音楽家が音色だとか何とかいうのが余計に笑止千万なのである。改めて音楽劇場の在り方を考えさせられる制作のメディア化であった。
さて上のコピーデータ、最終目標のブルーレイ焼き付けをしようと思ったら、なんと収納キャパシティー25GBを超えていて、50GBを買わないと駄目なことが分かった。その価格は一枚3ユーロを超えている。それは余りにも高価過ぎる。安くなる迄はNASの場所を喰うことになる。MKファイルだから幕ごとに分けてもいいのかもしれないが。音声の割には画像が良すぎるということなのか。でも、48kHzサムプリングでも素晴らしい音は出ている。
参照:
音楽劇場としての条件 2019-11-22 | 音
邪魔になる日本語字幕 2021-06-20 | 音
ブルーレイROM三枚目 2022-01-09 | 文化一般
難しい切り替えの指令 2022-09-23 | テクニック
2019年のミュンヘンでの「死の街」、ブルーレイをコピーして、LINUXシステムのSSDの中から再生した。PCM48kHzでしかないハイレゾである。なぜか再生の音質が悪い。リッピングの過程でエラーから落ちたというよりも音が冴えない。それで、ブルーレイに焼く為に先ずはNASへと転送する。数時間掛かった。アップロードの速度が遅いからだ。そしてそこから同じシステムで呼び出すと、馴染みの音色が蘇った。まさしく劇場で響いていた音響である。管弦楽の美しさも比較にならないが、マルリス・ペーターセンの歌声はそこ迄音質が上がらないと最後の最後の声の表現がそっくり落ちてしまうと思った。勿論ヨーナス・カウフマンの最も売りの表現は上の部分での発声とその表現力である。
その音質による差があまりに大き過ぎて驚愕している。上の例ではなぜまたこんなに声がない人がと思わせるだけでなく、その技術にも影が射す歌唱にしか聴こえなかった。要するにその最後の最後のところでの発声表現をしているので、そこの情報が落ちてしまうと最高級の歌唱が駄目になる。管弦楽においても同様で、単に正しい音を出そうとしている以上のその挑戦の差異が付かなくなる。勿論雑音が入ったりとかではない完璧な筈の再生なのだが、やはりデジタルデータ転送での落ち溢しがあるのだろう。演奏家の評価においては最後の最後は音が美しかったというのがある、これ以上の誉め言葉がないという表現なのである。
音響が悪いとコルンゴールトなんて、所詮映画音楽の作曲家ぐらいにしか思えないのだ。しかし本当にいい演奏はそこから本当の音楽を引き出してくる。最初からその音を楽譜から読みだせていない限り、そのような表現は不可能なのである。こうしてペトレンコ指揮の演奏を聴けば、同じ演出がバーゼルではそれ程の効果を生まなく、こうした天才によって初めて全貌が表現されたことがよく分かる。無能な音楽家が音色だとか何とかいうのが余計に笑止千万なのである。改めて音楽劇場の在り方を考えさせられる制作のメディア化であった。
さて上のコピーデータ、最終目標のブルーレイ焼き付けをしようと思ったら、なんと収納キャパシティー25GBを超えていて、50GBを買わないと駄目なことが分かった。その価格は一枚3ユーロを超えている。それは余りにも高価過ぎる。安くなる迄はNASの場所を喰うことになる。MKファイルだから幕ごとに分けてもいいのかもしれないが。音声の割には画像が良すぎるということなのか。でも、48kHzサムプリングでも素晴らしい音は出ている。
参照:
音楽劇場としての条件 2019-11-22 | 音
邪魔になる日本語字幕 2021-06-20 | 音
ブルーレイROM三枚目 2022-01-09 | 文化一般
難しい切り替えの指令 2022-09-23 | テクニック