Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

ミンガス作演奏の第一人者

2022-09-21 | 文化一般
月曜夜にベルリンからの生中継を聴いた。同地で開かれていたベルリナーフェストシュピーレの最終日のフィナーレ公演である。夏前に出かけようかと計画した公演だった。結局その前々日の同じフィルハーモニーでのベルリナーフィルハーモニカー公演との中日を埋められなくて断念した。美術館周りだけで一泊払うにはベルリン市街でのホテルは高すぎた。また車で行くほどの意欲もなかった。

しかし、こうした大フィナーレと称賛されるような演奏会になるとは思っていなかった、更に満席になるとも思っていなかった。この状況を知っていたら、少なくともマスク義務さえ列車になければ出かけていただろう ― 序ながら、ドイツで最も有名な指揮者ユスティス・フランツがマスクせずに途中下車させられたらしい。

躊躇させたのはそのベルリンドイツオペラのビッグバンドの腕とかその演奏曲目のチャールズ・ミンガス「エピタフ」についてほとんど知識が無かったこともある。実際に生中継を流していて、ビッグバンドとスイングはあまり得意ではないなと感じた。個人的には先週の木曜日のバーゼルでの新制作「魔弾の射手」のフィナーレでのカコフォニーを思い出すような始まりで、二つのバンドを使う意味を出してきた。しかしその音楽的な意味づけは、より分からないのだが、何か共通したところも感じた。

こうした観念連想は芸術の世界にはとても重要で、それによってはじめて社会に世界にへと影響を持ち始める。劇場内でイデオロギーをアジっても限定的な影響しか与えないのとは正反対なのである。劇場に検閲を掛けるというのはそういうことなのである。

情報によれば1962年に高名なジャズ奏者が初演したこの作品は総譜だけで500頁にも至り、今回客演の故人と共演したトラムペット奏者のレンディ・ブレッカーの楽譜だけでも60頁あるという。それを一週間も掛けて練習しても本番の即興演奏で初めて完成するのだという。だから初演の時も楽譜が揃っていなかったりで、状況はそんな感じだったらしい。しかし、現代作曲の初演同様に、何とか通すだけの初演とは違って、その後捨て置かれた楽譜からの校訂再演などを含めて最もいい演奏になるだろうと名トラムペット奏者が語っていた。

このバンドは、座付き楽団のジャズコムボから正式な活動へと進み地元のジャズ研究所と一緒に活動している団体の様である。同じ場所でのペトレンコ指揮のアカデミーが混じる演奏会よりもその点でも教育的には良かったのではないか。指揮者エンゲルの日程を考えると、バーゼルでの「魔弾の射手」の総稽古を終えてベルリンへ飛んで、更に今度は火曜日には第二夜目をバーゼルで振るのだろう。ラディオのナレーションが紹介するように、一寸やってみるのではなくて、この分野での第一人者となっていて、批評でも大変手間のある仕事を為す指揮者と、エンゲルが振る所はいつでも第一人者としての仕事とされて、それを繋げていくだけで、現在の世界の音楽芸術の最先端の一部が垣間見える。

十数年前の「オルフェオ」上演でも今でもあれを映像化して欲しいという人が書き込みをしているように、この様な活動を続けていくととても広範な範囲でとても意識の高い程度の高い聴衆の数が集まってくると思う。もう数年でその知名度もタレントとしてトップクラスまで上がってくるのではなかろうか。



参照:
音楽劇場指揮者の実力 2022-08-01 | 文化一般
紙一重の読み替え思考 2022-09-17 | 文化一般
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