Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

今必要な春の作業

2023-02-25 | 生活
バーデンバーデンの展示会等の記事が載っている。関心があり、展示者よりもお誘いも受けたので出かけるのだが、批評を読んで自分自身で自身が体験する前に嚙み砕くだけの力がない。そこがやはり音楽とは異なる。

但し大まかな展示会のコンセプトは明記されていて、その二つと今回の復活祭、そしてその序奏が大変密接に係わっている。総合的に何方かがプロデュースしたとは思われないのだが、まさしくそこに今日がある。

音楽の場合は誰それがこのように書くならばなんとしてでも遅ればせながら出かけないといけないといきりだったり、この人がこうならば全然駄目で今後もあまり注意する必要がないとか判断が出来る。SNSもそのように活かせる。やはり経験である。

人つてとかそうした情報が全てであって、時間もなにもかもが制限のある中で催し物に出かけるには厳選する必要がある。なるほど以前のようにバッハ協会の定期会員などになっていれば自ずと定期を軸に出かけられていたが、最早そのような心理的な余裕も無くなった。

月初めのシュトッツガルトのエクラ音楽祭の実況録音が放送された。初日のフランクフルトのアンサムブルモデルンによるもので指揮者が作曲家のポッペで興味深かった。ホールは三日目と同じ最も大きなホールでその様子が分かる。

そのアンサムブルがバンドとしてのサウンドが決まっているのは流石だと思った。今まで様々聴いているが一番決まっていた。アナウンスでも管・弦の優位性が無いサウンドについて語られていたが、やはり指揮者の腕だろう。他のメッツマッヒャーなど多くの指揮者では聴けなかったものだ。ただそれもどの曲によっても同じ印象しか得られないのはアンサムブルの、そして指揮者の限界か。

ヴィーンにある放送交響楽団が解散させられようとしていて、反対署名などで盛り上がっている。その反論の一つに新しい音楽を演奏す団体が必要というのがあるが、まさしくそこがネックになっている。ドイツにおいても戦後に多くの放送楽団が出来てきたのは放送内容の名曲や珍しい曲の演奏録音活動があって、同時に同時代の作曲の委嘱と初演という任務があった。しかし実際には、所謂戦後モダーンの時代の使命感とは別に、集客も出来ずに、関心も持たれないその様な活動自体が縮小化されていったのは仕方がない。要するに楽団を維持できるほどの需要がないという事である。

既に合弁されたSWFの交響楽団程ではなくともミュンヘンのBR交響楽団はムジカノーヴァなどの企画でそれなりに活動しているのだが、それほど大きな成果は上げていない。ドイツのそれらをも遠からず迎え撃つ現実である。

予定通り寝具を替えてようかと思ったが、週明けにかけて冷えるので数日遅らせようかと思っている。急ぐ必要は無い。其れよりもその時に大掃除しておくべき引き払った篭り部屋を見るとコロナ期間中の資料等が積んであって愕然とする。週末は来週の新制作初日のお勉強で忙しいが、この資料だけは片付けておかないと新年度向きがどっさりと来て手に負えなくなる。コロナ中止での痛みが詰まっていて手が付けられなかった。心理的な春、コロナ明けにはどうしても必要な作業となりそうだ。



参照:
クライマックスのトランス 2023-02-07 | 音
チャットライヴの性道具 2023-02-23 | 女
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