大人になっても、なぜか時々ふと思い出す絵本ってありませんか?
もう、何十年も目にしていないはずの絵なのに妙に鮮明に思いだせるのは、きっと、時々、でもずーっと何度も思いだしているから。
私の場合は、
『三びきのくま』
と、
『てぶくろをかいに』
もちろん他にも「思い出すお話」、いろいろあるんだけど、この二つは私の代表的な愛読書だった記憶があります。
女の子にシチュー(スープやおかゆのパターンもあるそうですが、私が読んでいたのがどれだったかは定かではありません)を平らげられ、椅子を壊され、ベッドを占拠されたなんとも不運なくま君のお話と、健気なきつね親子と優しい手袋屋のおじいさんのこころ温まるお話。
なぜこの二つが私のハートに響いたのかわからないけど、なんだかわかる気もするかな。
それから、『ねずみのすもう』。
これは、小学校の先生だった父が子守歌代わりに語ってくれたお話。
だから、自分で「絵本」を読んだ記憶はないんですが、ちいさかった私が思い描いた、かけ声をかけながらすもうをとるねずみたちの「光景」が、
「でんかしょ~、でんかしょ~」
っていう父の声と共に蘇ります。
くま君の失望や怒りも、きつねのドキドキやおじいさんの優しさも、ねずみたちのかけ声も、どれも私の宝もの。
もうすっかり大人になって久しい私だけど、それらはきっと、私がおばあさんになったその日にも、変わることなくあったかく、なつかしく、鮮明で、愛すべき記憶であり続けるんだろうな。
もう、何十年も目にしていないはずの絵なのに妙に鮮明に思いだせるのは、きっと、時々、でもずーっと何度も思いだしているから。
私の場合は、
『三びきのくま』
と、
『てぶくろをかいに』
もちろん他にも「思い出すお話」、いろいろあるんだけど、この二つは私の代表的な愛読書だった記憶があります。
女の子にシチュー(スープやおかゆのパターンもあるそうですが、私が読んでいたのがどれだったかは定かではありません)を平らげられ、椅子を壊され、ベッドを占拠されたなんとも不運なくま君のお話と、健気なきつね親子と優しい手袋屋のおじいさんのこころ温まるお話。
なぜこの二つが私のハートに響いたのかわからないけど、なんだかわかる気もするかな。
それから、『ねずみのすもう』。
これは、小学校の先生だった父が子守歌代わりに語ってくれたお話。
だから、自分で「絵本」を読んだ記憶はないんですが、ちいさかった私が思い描いた、かけ声をかけながらすもうをとるねずみたちの「光景」が、
「でんかしょ~、でんかしょ~」
っていう父の声と共に蘇ります。
くま君の失望や怒りも、きつねのドキドキやおじいさんの優しさも、ねずみたちのかけ声も、どれも私の宝もの。
もうすっかり大人になって久しい私だけど、それらはきっと、私がおばあさんになったその日にも、変わることなくあったかく、なつかしく、鮮明で、愛すべき記憶であり続けるんだろうな。