■ 「ゲリラ豪雨」と「集中豪雨」 ■
最近良く耳にする「ゲリラ豪雨」という言葉。
Wikispediaで調べてみると、1960年代以前から使用され始め、
マスコミが好んでこの言葉を使い出したのは2006年以降だそうです。
いうなれば、「集中豪雨」の派手な言い回しです。
「夕立で床上浸水。帰宅の足も乱れる」・・・・新聞の見出しとしてはイマサンです。
「都下で集中豪雨。床上浸水など被害多数」・・良くなってきました。
「突然のゲリラ豪雨。温暖化の影響か?!」・・オオ!!ググッっときますね。
人々は刺激を求めています。
「夕立」よりは「ゲリラ豪雨」の方が、インパクトがあります。
■ 夕立とゲリラ豪雨の違い ■
「夕立」と「ゲリラ豪雨」の違いは、やはり雨量でしょう。
「夕立」がは猛暑によって局地的に発生する積乱雲による大雨です。
日照によって暖められた地表の空気は、
強い上昇気流となって空気を1万メートルの対流圏の最上部まで押し上げます。
大量に水分を含んだ空気は、断熱膨張によって急激に冷却され、
雨の核が急速に発達して、大雨を降らせます。
しかし、元々供給される水蒸気量が限定的ですから、
夕立は直ぐに止んで、被害をもたらす事はありません。
「ゲリラ豪雨」の定義は不明確ですが、
「直径10キロから数10キロの範囲で、短時間に50mm以上の雨が降る事」と、
「梅雨末期や台風瀬近時など、天気図からの予測が比較的困難な事」が挙げられます。
北からの冷たい空気の前進に、南からの湿った暖かい空気がぶつかる事によって、
急速に雨雲が発達し、大雨を降らせます。
要は、局所的な寒冷前線です。
面白い記事を見つけました。
「気象庁気象研究所予報研究部の加藤輝之主任研究官」への取材記事です。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090803-00000002-aera-soci
どうやら、局所的な集中豪雨は、雲底が200m程度と低い位置にあり、
次々に湿った空気が供給される事が特徴の様です。
上の写真は、8月24日の我が家の上空の写真ですが、
強い雨雲が前線に沿って発達しています。(写真では良く分かりませんが)
今年はこの様な雲の発達が、8月だけども何度もありました。
この様な日は、夕刊の見出しに「ゲリラ豪雨」が踊ります。
■ 温暖化とゲリラ豪雨 ■
「ゲリラ豪雨」は温暖化と絡めて語られる事の多い現象です。
しかし、今年はエルニーニョの影響で冷夏です。
温暖化とは反対の寒冷な夏で、何故ゲリラ豪雨が多いのでしょうか?
それは、梅雨末期の気象状況が、ひと夏を通じて続いているからです。
日本の上空で、太平洋高気圧とオホーツク高気圧が絶えずせめぎ合っているのです。
ですから、大量の水分を含んだ暖かい空気と、冷たい空気の境目が、
何度も我々の上空を、行ったり来たりしています。
今年のゲ「リラ豪雨」の原因は、温暖化では無く、
エルニーニョによる太平洋高気圧の勢力減退です。
■ 都市化と豪雨被害 ■
最近、「ゲリラ豪雨」による被害が取りざたされます。
しかし、豪雨被害など昔からありました。
私が子供の頃は、全国で河川が良く氾濫していました。
しかし、昨今の河川の氾濫は、都市河川の氾濫が多いようです。
神田川も一時期、良く溢れていました。
コンクリートで固められた都会では、雨水は一気に河川に流れ込み、
小さな川でも、直ぐに氾濫してしまいます。
最近は地下の貯水施設が整備され、神田川の氾濫も無くなりました。
都心に限らず、都市化と河川の氾濫は無関係ではありません。
田んぼは、大きな保水能力を持っていすが、
田んぼを埋め立てて、宅地造成すれば保水力は大きく削がれます。
そのために宅地の中に多くの調整池が作られていますが、
かつての田んぼによる保水力には及びません。
■ 権利意識と洪水被害 ■
昔は「大雨が降って川が溢れる」というのは自然の摂理でした。
中国でも、日本でも治水は政治の基本でしたが、
洪水が起きても、人々はある意味、自然の営みとして諦めていました。
現在、河川が氾濫すると、人々は先ず国土交通省を責めます。
何故、事前に予測して堤防を補強していなかったのか・・・と。
人々の権利意識が強くなってしまったからです。
そこで、国土交通省も逃げを打ちます。
「1時間に50mm~60mmまでの雨を想定して河川改修を行っている」と。
「それ以上の予測不能な豪雨には、現在の堤防は対応していない。」と。
これはある意味正しい見解です。
1時間に100mm以上の滝の様な雨は、その地域においては100年に一度くらいですから、
全ての堤防をその基準で改修すれば、大変なお金が掛かります。
喜ぶのは、政治家と土建屋だけです。
■ 全国で考えれば、100年に1回は日常茶飯事 ■
しかし、全国レベルで考えれば、100mm以上の集中豪雨は、
ある確率で、何処かで発生しています。
100年に一度の集中豪雨は、実は日常茶飯事なのです。
私の中学は低地にありました。
私が中学1年の夏、土曜日に部活をしていたら、
それこそ滝の様な大雨となりました。
畑の中の窪地(かつては沼地)にあった中学は、見る見るうちに水没し、
急遽学校に駆けつけた校長先生の軽自動車は、
生徒が見ている前で、川と化した農道から畑に転落し、
残っていた男子生徒が駆けつけて、車を持ち上げて道に戻しました。
校舎の屋上の排水溝の能力以上の降雨によって、屋上がプールと化し、
ドアからちょろちょろ漏れる水に興味を示した一人の生徒がドアを開けた瞬間、
校舎3階に怒濤のごとく水が溢れ出しました。
教室は水溜りに、階段は滝になりました。
午後、8時頃、車に乗ったお母さん達の救出隊が、
バンパーの上まで来る水を掻き分け、学校に乗りつけ、
ようやく帰宅できました。
・・・さて、昨今の「ゲリラ豪雨」でも、ここまでの事態には至っておりません。
尤も、今年、何十年ぶりかに、屋上がプールになり、階段が滝になったそうですが・・・。
このように、30年以上昔から「ゲリラ豪雨」はありした。
■ 温暖化と降雨 ■
温暖化によって空気中の水蒸気量が増大しましので、
雨量は増加すると考えるのが普通です。
しかし、日本の降水量が年々増加しているかと言えば、そうではありません。
下のグラフは、日本の年間降水量の推移を表しています。
社団法人 日本河川協会 「河川事業概要2007」から抜粋しています。
http://web.pref.hyogo.jp/contents/000092735.pdf
このデータでは、日本の年間降水量は緩やかに減少しています。
一方、1時間に100mmを越す集中豪雨の回数は近年増加傾向にあります。
一見すると、温暖化が集中豪雨増加の原因の様にも思われます。
しかし、地球シュミレーターによる集中豪雨予測の計算結果は、
現実の出現頻度を正しく再現出来ていません。(黄色の範囲)
シュミレーションのグリットが5Kmでは、
「ゲリラ豪雨」の様な局地的な減少はシミュレート出来ない様です。
前出の「気象庁気象研究所予報研究部の加藤輝之主任研究官」の記事では、
グリットを1.5Kmにしたら、局地的豪雨を再現出来たそうです。
最後に加藤主任研究官の言葉よ引用します。
<引用>
集中豪雨が増えている原因は何か。加藤さんはこう言う。
「地球温暖化がどのくらい影響しているか……わからないですねぇ。二酸化炭素の増加が温暖化にどう影響しているかも、よくわからないのです。海面水温が上がれば、蒸発で空気中の水分が増えるから、こういう例は増えるかもしれませんが、まだまだわからないことだらけなんです」
<引用終わり>
結局、気象予測は未だ、発展途上の学問で、
加藤主任のコメントは科学者としての良識が感じられます。
■ 雨の呼称 ■
かつて、日本人は雨にいろいろな名前を付けていました。
時雨、夕立、村雨、五月雨、梅雨、菜種梅雨、
翠雨、麦雨、甘雨、秋霖・・・
どれも趣のある呼称です。
それが、現代では「ゲリラ豪雨」です。
なんと無粋な・・・。
何はともあれ、「集中豪雨」が「ゲリラ豪雨」と呼称され、
二酸化炭素主因の温暖化問題と結びつけられた時、
マスコミはニュースのネタが見つかって喜び、
人々は得体の知れない「ゲリラ豪雨」に、ちょっとワクワクし、
河川局は予算獲得の手段として活用し、
政治家と土建屋がニヤリとしたという事でしょうか。