三名刺繍さんが今回取り上げたのは在日の家族。戦火の中、神戸で生まれた少年が戦後を生き抜く姿を描く。朝鮮半島から日本にやってきた父親。彼を追ってひとり日本へやってきた母。彼らが夢見た日本は決して彼らに優しいわけではない。強制連行ではなく、自分の意志でここにきた。甘くない現実にぶち当たり、でも、父親はいつまでも夢だけを追いかけて、やがて家族を棄てる。三人の幼い子供たちを抱え、母は全力で生きる。信じられるのは同胞だけだ。
映画で見た西洋に憧れ、豊さを求めて、父親と同じように夢を追いかける少年、金田タケシ(うえだひろし)。だが、彼は父親のように家族を見棄てたりはしない。祖国の分断、理想を夢見て北に渡ろうとする友人。時代の波に流されることなく冷静に自分を見つめる。そして、祖国のため、家族のため、戦う。
在日を取り上げて、それを芝居として立ち上げるのは難しい。複雑な問題がそこには横たわる。どこに視点を定めるか、事実をベースにして、どこまで創作するか。そのへんの匙加減を誤れば、リアリティのないものになる。この国にあった(そして、今もある)朝鮮人への差別の問題をどこまで取り込むかも難しい。だが、三名さんは絶妙なバランスでそこをくりぬける。
この作品が目指すのは、歴史に証言ではない。もっと、もっと、その先だ。新技術の開発に成功して、「豊かさ」を手にしたキム・ソンジュ(金田タケシを棄てて、本名を名乗る)は家族のため、お金のために成金のつまらない男と結婚した姉を取り戻し、彼女を自分の会社の社長にし、身内で固めた会社を作る。事業は成功し続け、「幸せ」を手にする。だが、このパターンは必ずその後の落とし穴がある。彼の知らない間に工場や会社の資産が姉の名義に書き換えられ、やがて、姉や母親と諍いになる。さらには女優を目指し、東京の出た妹が役を取るためお金の無心に来る。家族のためお金を貯め、彼が頑張ってきたことは、家族をバラバラにしてしまう。恋や友情、社会的成功。作品は一応、「波乱万丈の一代記のスタイル」をとるのだが、この作品の本当のねらいはそこではない。
ある在日一家の戦中から戦後の混乱期を経て、時代に乗って成功に至る大河ドラマであり壮大なクロニクル、というスタイルは踏むけど、これはもっと大きな「人間が生き抜く力」についてのドラマだ。在日という切り口を取ったが、そこに普遍を盛り込む。朝鮮人であろうと、日本人であろうとも、変らない。自分が信じ、夢に見たものを実現するために何が必要なのか。貧しさから抜け出すために、必死になって戦うとき、家族の存在がどれだけ支えになるか。やがて豊かさは家族の絆を損なうけど、彼だけは信じる。愚鈍なまでに自分の信念を貫く。
あのラストの底抜けの軽やかさは、これが過去を描くドラマではなく、未来へのメッセージであることによる。刺された彼が死んで終わる、というのがよくあるパターンだが、(それによって、みんなが自分たちの過ちに気付くとか、いう展開)そうはしない。
彼らが生きてきた壮大なドラマをなんと簡単な昔話にしてしまう。芝居は、町内会の集金に来た近所の女性との世間話、というスタイルから始まって、最後は当然のようにそこに戻ってくるのだ。今ではもう昔の話だが、という語り口だ。(でも、見ていて、あまりのスケールにそのことを忘れてしまうけど。)
昨年から今年にかけてレトルト内閣の快進撃は止まらない。アート館に舞台を移してからこの作品までの3作品の素晴らしさは目を瞠るばかりだ。スケールの大きなお話をテンポよく、軽やかに見せていく。今回は歌のシーンが幾分少な目になったが、これだけの内容を2時間に盛り込むには仕方のないことだろう。でも、それが物足りなさにはつながらないのも凄い。堂々たる傑作である。