習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『馬を放つ』

2018-12-27 20:31:49 | 映画

これはとてもシンプルな映画だ。キルギスの小さな村で起きたできごと。淡々と描かれる神話的な物語から目が離せない。そして圧倒的な風景が素晴らしい。そこで営まれる人々の暮らしのスケッチ。そんなものを背景にして、タイトル通り、「馬を放つ」事件が描かれる。競争馬を厩舎から連れ出す。だが、盗難ではない。馬は後日保護される。誰が何のためそんなことをしたのか。

映画は、その事件を起こした犯人の男の生活が静かに描かれていく。聾唖者の妻。障がいはないはずなのに、しゃべらない幼い息子。男は、以前は映写技師だったが、今はもうやっていない。馬はかっては自由に大地を駆けていた。だが、今はそうじゃない。だからといって夜中に馬を解き放つことになんの意味があるのか。そんなことに何の意味もない。彼は自分から破滅に向かっていこうとしている。小さな幸せを守ることが本来に在り方であることなんて、わかっているはずなのに、こんな行為をする。さらには、誤解されることを承知で、ある女性のもとに行く。それで自分の首を絞めることになる。

 

キルギスの名匠アクタン・アリム・クバト監督作品。以前に見た「あの娘と自転車に乗って」も「明りを灯す人」もこんな映画だった。必要以上のものは一切なく、説明もしないで、風景とそこで暮らす人の姿を、ただ誠実に切り取る。それだけで1本の映画を作る。アクタン・アリム・クバト監督は変わることのないスタイルを保ち続ける。その寡黙で痛ましい寓話的な物語世界に引き込まれる。射殺された彼の姿を捉えた後、言葉を話し出した息子の姿を重ねるラストシーンが素晴らしい。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 劇団きづがわ『鶴彬―暁を抱い... | トップ | 『エンドレス・ポエトリー』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。